long dreamB

□愛を知るひと
2ページ/4ページ


おぎゃあ、おぎゃあと喚く赤ん坊の泣き声が聴こえる。


……ヒトはこんな大勢に囲まれて生まれてくるのか。


新生児のまだぼんやりとしている未来の目線から、徐々に状況を理解していく軀。


「おめでとうございます!」


この世に生を受けただけで祝福されるなんて、軀は目から鱗が落ちる思いだった。


「可愛い」


仰向けになってこちらを見つめる、柔らかい女性の声に動揺して脈が大きく跳ねる。


こんなに優しい音色の声をかけられたのも、こんなに慈愛にあふれた瞳で見つめられたのも、軀にとって初めての経験だったから。


それは大切に仕舞われていた。
遠い遠い、胸のずーっと奥の方。
未来が忘れてしまっても、心の奥で輝きを放っていた記憶。


「名前どうする?」
「未来がいい」


ふたりにとって、世界でいちばん幸せな日の記憶。


すくすくと未来は育つ。
周囲にその成長を心から願われて。


あれだけ大事にされているのに、そのうち生意気な憎たらしい態度だってとるようになる未来に存分に軀はヤキモキさせられた。


鏡の中で不器用な手つきで髪を結う少女が映る。たちまち音をあげた未来が母親に甘え泣きついた。
パパ抱っことせがむ未来。もう重くなったのにと文句を垂れつつ父親は応じてやる。


何気ない日常のほんの一部に過ぎないそれに、じんわりと胸の中心があたたかくなり溶かされてゆく。


子供の発達はめまぐるしく早い。
たくさん遊んで転んで学び、己が置かれる恵まれた環境のありがたみだって少しは理解できるようになった頃、未来にとっての転機が訪れる。


幼児を助けるべく、衝動的に道路を飛び出し危うくトラックに轢かれそうになった未来に軀の肝はひどく冷やされた。
お願いだから、もっと自分を大事にしてくれと叫びそうになる。


幽助。桑原。蔵馬。そして……飛影。
運命的な出会いを経た先に得る新しい世界。
未来に影響され変わっていく者もあった。
物理的な力以外の強さの存在に軀や飛影が気づかされたように。







軀はそこで未来の意識に触れるのをやめた。


ゆっくりと、驚くほど優しく軀の胸の内は波打っている。
恐れていた未来の記憶を見て、このように穏やかな気持ちになるなんて全く予想していなかった。


未来の記憶を見る行為に恐怖を感じたのは、彼女を羨ましく感じたり、誇りを持っていたはずの己の人生と比べて虚しくなってしまうのが怖かったからだ。
けれど、そんな不安は無用だった。
軀には、未来とそして自分自身とを受け入れる強さが既に備わっていた。


カプセルの中の未来の寝顔を、目を細めて眺める軀。
助かってよかったと、守りたいと心から思う。


だってあんなに小さかった未来が、こんなに大きくなってここにいる。


いわゆる母性と呼ばれるものだろう。
自分の中にもこんな感情が眠っていたなんて、おかしくてふいに笑みがこぼれた。


今まで触れた意識の中で最も心地好い、と感じた飛影の記憶。
未来の意識に触れ、軀は飛影の記憶を覗いた時とはまた別種の心地好さを感じていた。


未来視点の記憶を覗くと、彼女の人生を疑似体験できて……軀は愛情を受け、与えるとは真にどういうことかを知った。


一度未来が飛影より家族を選んだ事実は、責められるべきではなかったと今なら思える。


「ありがとう」


記憶を通して幸せな時間を過ごさせてくれた未来に、軀は礼を言っていた。


似たような経験をした者と互いの過去を共有する以外に、この痛みを癒す方法もあったのだと実感する。


「だから飛影もお前に癒され惹かれたんだろうな」


飛影にオレが羨ましいんだろうと言われた理由も今の軀には分かった。


振り回されてしまうくらい未来を想う飛影を、そんな存在なんて持たない軀はどこか羨ましく、そして疎ましく思っていたと気づかされる。


軀は面白くなかったのだ。
自分と同じく過去に痛みを持つ飛影が、未来に恋をし軀の知らない感情を学び得ていたことが。


飛影とは似た者同士でいたかった。
飛影だけ過去にとらわれず前を向き、何歩も先を進んでいるようで嫌だった。
置いていかないでほしかった。

それ故バカにする発言をしていたと、飛影には見抜かれていたらしい。


でも、これからは飛影を羨ましいだなんて思わない。
だって軀はもう知っている。


今未来に抱いている感情は、まさしく“愛”と呼べるものに違いないのだろうから。


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ