long dreamB

□愛を知るひと
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好きだ。
だから絶対生きろ、未来。



朧気になる意識の中でも、その言葉は確かに未来の耳に届いていて。
今にも消えかかった命を、生へと繋げる灯となっていた。


未来を姫抱きにして高速で駆ける飛影は、背後から距離を詰めてくる妖気を感じる。


「飛影!」


声の主は軀だった。
やっぱり飛影に未来を任せっきりにせず、一緒に百足へ向かおうと追いかけてきたのだ。


「よく考えたらお前に治療カプセルの使い方が分かるか不安になってな」


「それくらい分かる」


ムッとして飛影は言い返したが、どうだかと軀はごちる。


そうして百足にたどり着いた二人は、要塞の端に位置する治療室へと急ぎその戸を開けた。


治療室には人が入れるくらいの大きさのカプセルがいくつも並んでいる。
クリスマスイブに時雨との決闘後、死にかけた飛影を救ったのもこのカプセルだ。


「未来、ここまでよく耐えた。もう大丈夫だ」


飛影の腕の中でぐったりしている未来に、軀が優しく語りかけた。


「未来をカプセルに入れる作業はオレがやる。お前は隣の部屋で待機しておけ」


「なんだと?」


意図の不明な軀の申し出に、顔をしかめる飛影。はいそうですかと素直にきける命令ではない。


「オレがやる。さっさと起動させるぞ」


「いや、オレに任せろ」


早く治療を受けさせようと焦る飛影の腕から、強引に軀は未来を奪い取った。


「貴様!何のつもりだ!?」


「飛影、お前」


ジロリと軀が軽蔑の眼差しを飛影へ向ける。



「そんなに未来の全裸が見たいのか?」











大人しく部屋から退出した飛影を見送り、軀は未来の身体を治療カプセルの中に入れた。


起動ボタンを押すと、カプセルの中を治療効果のある液体が満たしていく。
未来の口に取り付けたマスクからも、同様の成分の気体が送られる仕組みとなっている。


外傷はなく、肺の洗浄が治療の目的だったので未来の服は脱がせなかった。
最初から軀はそのつもりで、裸云々は飛影を追い出す口実だ。


「未来。お前のことをもっと知りたい」


カプセルの中で目を瞑り漂っている未来を、軀はじっと見つめている。


自分を救ってくれた氷泪石の元の持ち主である飛影の記憶を知りたくなったのと同じように軀は今、未来に興味を持っていた。


なんて虫のいい奴なんだと憤りを感じたこともあった。
しかし今日まざまざと見せつけられた未来の覚悟は、軀の心を大きく揺さぶったのだ。


「お前の記憶を少し覗いてもいいか?」


この声は治療中の未来に届いていないだろう。
けれど、未来ならきっと了承してくれる気がするのはただの己の願望なのだろうか。


額に嫌な汗が流れる。
ドキンドキンと脈が速く、柄にもなく緊張していることに軀は気づいていた。


こんなに恐れるなら見なければいいのにと思うのに、知りたいという半ば衝動に似た欲求も抑えられない。


未来の意識に触れることは、軀にとって勇気を必要とするものだった。
未来が歩んできた人生は、軀のそれと全く違うものだろうから。


家族がいるから帰らなければなんて言葉を平然とほざくような未来。
彼女が愛されて育ったことは明白だ。
軀や飛影には想像もできないような生活をおくってきたのだろう。


何を怖がっているんだ、怖がるな。
どうして怖がる必要がある?

必死に自分に言い聞かせ奮い起たせる。


軀は己の人生に誇りを持ってきたはずだ。
それは絶対に嘘ではない。
半身の傷を治さないのも、その気持ちの表れだった。


「未来…オレにお前を教えてくれ」


一度深呼吸をして、軀は未来の意識に触れてゆく。
人間の記憶なんて見ようと思ったのは生まれてこのかた初めてだ。
きっと今まで見た誰の記憶とも似つかない希有なものであろう。


眼前の未知にどんなに鼓舞しようと払拭しきれぬ恐怖を感じつつ、軀はゆっくりと瞼を閉じたのだった。


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