long dreamB
□鏑vs軀
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闘技場にて試合開始のブザーが鳴るも、両者は微動だにしない。
片方は、動けなかった。
軀に隙がなさすぎたから。
片方は、動かなかった。
鏑の動向を窺っていたから。
(闇撫か。珍しい妖怪がまだいたもんだ)
目の前の対戦相手の妖気は己とは比べ物にならないほど小さく弱い。
しかし、闇撫は少々戦いにくい相手だった。
油断すると足元をすくわれる危険性があり、一瞬でも気が抜けない。
軀は鏑が呪符を貼って覆面をし、頑なに顔を隠していることが嫌に気に障った。
以前の自分を連想させるからだ。
「おい。お前、その覆面を取る気はないのか?」
「え…」
想像よりも細く高い声に、幾分面食らいつつ軀は続ける。
「お互い命はってんだ。顔くらい晒すのが礼儀じゃねェか」
「……」
軀の言う分に一理あると感じたのか、鏑はおもむろに覆面と全身を覆っていたマントに手をかけた。
『おーっと鏑選手、覆面を外すようで…え!?』
「な!?」
軀も、小兎も。明らかになった鏑の素顔に、モニターで試合を観戦していた誰もが驚き絶句している。
『ワ、ワタクシあの可愛らしいお顔を覚えております!未来さんです!暗黒武術会の優勝商品で魔界にもその名を轟かせた、未来さんですー!!』
「えーーーーーーー!!!!?」
マイク越しの小兎の声に負けないほど大きな声が会場中に響いた。幽助や陣たち一行である。
鈴木など衝撃を受けすぎて一人だけ劇画調になっている。
ちなみに観客席ではコエンマとぼたんの二人が腰を抜かしていた。
「未来ー!バカヤロー!何してんだー!戻ってこいこのアホンダラー!」
遠くの闘技場にいる未来に届くはずがないのだが、幽助は精一杯声を張り上げ叫んでいる。
「殺されても文句は言えねーんだぞハゲ!とっととそっから降りろバカ未来ー!」
「鏑の正体が未来…?」
開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。
幽助の暴言が響き渡る中、鈴駒や陣、死々若丸は予期せぬ展開に唖然としている。
いつも守られ庇護される立場にいて、彼らにとってか弱い存在だった未来。
そんな彼女があろうことかこんな大会に出場するなんて、考えもしていなかったのだ。
「大変だ!未来が殺されてしまう!いやそうでなくても大怪我を負ってしまうかも…!」
「未来ちゃーん!いい子だから戻っておいでー!」
慌てふためき右往左往する鈴木。とうとう悪口のレパートリーが底をついた幽助は優しく諭す作戦に変更したようだ。
その傍らに、静かにモニターの中の未来を見つめている者が一人。
飛影だ。
恋い焦がれた相手とのまさかこんな形での再会に、目を丸くし声が出ない。
「っ…飛影」
そんな飛影の胸倉を、突然蔵馬が掴んだ。
一瞬の出来事で、抵抗の暇のなかった飛影はされるがままになる。
「飛影。君のせいだぞ。あなたがしっかりしないから未来はこんな無茶を…!」
「お、おいどうしたんだよ蔵馬!」
幽助が仲裁に入り、飛影の胸倉を掴む蔵馬の手が緩められる。
「飛影のせいって…何でそんなこと言えんだよ蔵馬。そんなのわかんねーじゃねーか」
「わかるさ」
悔し気に下げられた眉とは対照的に、吹っ切れたような声色をもって蔵馬は言う。
「この半年。未来の行動理由は飛影だった」
「ハ、ハロー…。久しぶり」
ところかわって、Dブロック闘技場。
覆面を剥ぎ取った未来は、驚き固まってしまっている軀にとりあえず挨拶をしておいた。
もう二度と対面することはないだろうと考えていた顔が今、対戦相手として目の前にいる状況が軀は信じられなかった。
「……ちょっと喋ろうぜ」
「え?」
「しばらく休戦だ。こんな機会がなきゃお前とゆっくり話せないだろ」
軀は、ただ純粋に未来と言葉を交わしてみたかった。
きっちり軀と話しておきたい気持ちのあった未来も素直に従う。
「その変装は。何故偽名を使った」
「…私がエントリーしたってバレたら幽助たちに阻止されると思ったから」
「だろうな」
ふ、とようやく軀が小さく笑った。