long dreamB

□Missing
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「哀れな野郎だ」


しばらくの沈黙が降りた。


飛影は何も答えない。
無表情で、ただ真っ直ぐ軀を見つめている。


「どうした?何か言えよ飛影」


これだけ罵倒されても飛影が動じず落ち着いていて、怒ってもいないことは軀を苛つかせていた。


「……軀。お前、羨ましいんだろう」


癌陀羅の妖気計の針が振り切れた。


ようやく口を開いた飛影の一言で、感情を逆撫でにされた軀。


ありえない。
どうしてオレがあんな小娘を。
ふざけるな!


「オレが」


しかし、続く飛影の言葉で軀は毒気を抜かれた。


「……は?」


らしくもなく間抜けな声が出る。


意味が分からない。
自分が飛影をだって?


堪えきれず、軀は吹き出した。


「冗談も大概にしろよ。どうやったらオレがお前を羨ましがるなんて話になるんだ?」


肩を震わせ笑っていた軀だったが、真剣な表情を崩さない飛影を見、次第に笑い声を小さくしていく。


(飛影。何を考えている?)


過去の記憶を共有した。
何もかも理解し分かったような気でいた相手。


けれど、今は飛影の考えていることが軀にはさっぱり分からない。


「安心しろ。変な気は起こさん。あの時のお前の言葉で目が覚めた。時雨と戦った後のな」


困惑している軀に、口の端を小さく上げて飛影が告げる。


「トーナメントでは勝つために戦う。会場を死場にはせん」


変な気を起こさない、とは時雨戦の時のように死に方を探してはいないという意味だったのだと、ここで軀は気づいた。


「もうオレは中に戻るぜ」


さっそく鍛錬でも始めるのだろうか、百足の背部につけられた出入り口の扉を開けた飛影は、軀を残し中へと消えたのだった。








百足内の自室へ戻り、パタンと戸を閉めた飛影はしばらくその場で立ち尽くしていた。


そうして戸の壁に背中を預けて寄りかかると、ズルズルと滑り落ちてゆく。


足を投げ出し床に座る飛影は、ぼうっと未来のことを考えていた。



未来は帰ってきていたらしい。
陣たちと同居しているらしい。
軀がここへ呼んでいたらしい。
自分の顔も見ないで帰ったらしい。



諸々の事実が頭で渦巻く。


この状態は軀の言う通り、自分はショックを受けているのだろう。


自分の知らないところで陣たちに囲まれている未来を、蔵馬の隣で笑っている未来を想像して、胸がジリリと焦げつく。



蔵馬なら未来を手に入れる方法を知っている。
蔵馬なら未来を幸せにすることができるだろう。

―飛影が今まで何度か思ってきたことだ。


蔵馬が動いていないはずがない。
もうとっくの昔に未来を自分のものにしているのかもしれない。


だって、蔵馬なら分かっていただろうから。


“飛影。お前は間違っている。未来と出会ってお前が得たのは生きる目的と死ぬ理由だけか?”
“お前が未来のために出来ることは本当にもう何もないのか?忘れるな飛影。お前がどうして変われたかを”


あんな事わざわざ軀に言われなくても、蔵馬は分かっていただろうから。
六人をS級妖怪にまで育て上げたのがその証拠だ。


(それでも)


呟いて、飛影はゆっくりと目を閉じる。
瞼の裏に、未来、幽助、蔵馬、桑原といった、飛影が見てきたいつもの四人の姿が自然と描かれる。


(未来に会いたい)



それでも飛影は、やっぱり未来に会いたかった。


ショックを受けるより先に、飛影は嬉しいと思ったのだ。
未来が帰ってきたと知って、飛影はとても…震えるくらい嬉しかった。



確か四次元屋敷へ呼ばれた日に、未来は言っていた。
仲間とは、ただ会いたいという理由が通用する間柄なのだと。

ならば、今抱いているこの感情もきっと肯定されるはずだ。


蔵馬によると、おそらくトーナメント会場に未来は訪れるらしい。


立ち上がった飛影は、鍛錬場へ向かうため自室の戸を開けた。



勝つために戦う。
躯に告げたその台詞に、嘘は一分も含まれていなかったから。


 
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