long dreamB

□チョコレートの行方
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オーブンから焼き上がったガトーショコラを取り出しているエプロン姿の女に、男はつかつかと歩み寄った。


その荒い足取りや眉間に刻まれた皺から、彼が不機嫌であるのは誰の目から見ても明らかであろう。


「おい。オレは今日から金輪際それを口にせんからな」


「え、なんで!?」


チョコの香りが立ち込めたキッチンでの、死々若丸の唐突な宣言に未来は目を丸くする。


「口にあわなかった?実は甘いの苦手?気に入ってくれてると思ってたんだけど…」


未来が振る舞うチョコレートは蔵馬が持ってきた不味い薬草の口直しとして、死々若丸も含め皆に大人気だったのに。


今まで無理をさせてしまっていたのだろうか?
しかし、彼がそんな気遣いをするような男だとは思えない。


「とにかく、その忌々しい菓子を二度とオレの前に持ってくるなよ」


苛々した口調で言い残し、立ち去ろうと死々若丸が背を向ける寸前、未来はある違和感に気づく。


「死々若、アゴ…」


ギクリとした感じで、未来に背中を向けた死々若丸の両肩が上がる。


「あっ!いや何でもないよ!」


違和感の正体を察し、デリカシーのない発言をしてしまったと申し訳なく思う未来が誤魔化すも、すでに肩をわなわなと怒りで震えさせていた死々若丸。


文句を言わねば気が済まんと、我慢できなくなった彼は未来の方を振り返った。


「貴様が毎日毎日試作だと言ってそいつを寄越してくるからだ!!!」


美青年の面影は全くなく、般若の顔をした死々若丸が叫ぶ。


彼のアゴには、ぷっくりと赤い吹き出物が鎮座していた。


「わ、わー、アゴにできるのは想われニキビなんだよ!死々若、やっぱりモテるね〜。よっ、色男!ヒューヒュー」


死々若丸の気迫に押されつつ、彼の怒りを鎮めるべく煽てる作戦に出た未来。


しかしそれは逆効果で、全く悪びれる様子のない未来の態度に、ただでさえ短い死々若丸の堪忍袋の緒が切れる。


「許さんっ」


「ちょ、ストップストップ!!」


魔哭鳴斬剣を振りかざした死々若丸に追いかけまわされ、必死で逃げる未来。


その光景を、居候中の他五人は庭先から傍観していた。


「死々若の奴、信じられねえぜ。ちょっとニキビができたくらいであんな美味いもん食べないなんてよ」


ここ最近、日替わりで未来の作ってくれる生チョコやクッキー等のチョコレート菓子に喜び舌鼓を打っている酎が呟く。


ちなみに、ブランデー入りのトリュフが特に彼のお気に召したらしい。


「人生で初めてできたニキビに大きなショックを受けているんだろう…」


ニキビの一つや二つで死々若丸の美貌は損なわれないのにと内心思いつつ、彼に同情する鈴木である。


「チョコ食べてるとニキビが出きるんか?オレにはないべ?」


「陣。今の台詞、死々若の前では言ってやるなよ」


皮肉なくらいツルツルな陣の肌を横目で見つつ、忠告する凍矢。


「あーあ、飛影が羨ましいよなー!」


溜息まじりに大声で述べたのは鈴駒だ。


未来が連日バレンタインに向けての試作だと言ってお菓子作りに奮闘している理由を、彼らは何となく勘付いている。


「昨日メレンゲ?っつーもん作るの失敗しなくなったって未来が喜んでたべ」


きっと、いや絶対、飛影のためなのだ。
より美味しく上手くできたものを贈りたいという、未来の乙女心。


バレンタインデーは未来が飛影に会うため魔界に行く日であり、人間界では想い人にチョコレートを渡す日でもあるという。


「まさか未来が飛影に惚れてたとはなァ。オレのワイルドな魅力に気づくにはちーっとまだ青かったか」


「なんで飛影なのかな〜。ここにオイラみたいなイケメンがいるのに!」


酎と鈴駒のぼやきに、陣や凍矢、鈴木はクスクスと笑っている。


「そろそろ未来助けてやるべ。可哀想だっちゃ」


「いや、その必要はないようだぞ」


死々若丸と鬼ごっこを続けている未来を不憫に思い提案した陣だったが、凍矢が指差す先には。


「うっるさいねえ!屋敷の中で走るんじゃないよ!」


死々若丸と未来が、幻海に雷を落とされ頭に拳をくらっている。


なんで私まで!?と不服な様子で涙目の未来だが、幻海からすれば屋敷内を走った時点で死々若丸と同罪らしい。


そんな光景に、ふっと口元が緩んでしまう五人だった。


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