long dreamB
□Xデーは14日
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赤黒く、時折雷鳴と稲妻が光る魔界の空。
何千年と見慣れた景色を、頭部を呪符と包帯で覆った細身の妖怪が、吹き抜けの大きな窓から眺めている。
「軀様」
この移動要塞・百足を率いり、三大妖怪の一人である人物・軀は部下の声に振り向いた。
「時雨か。どうした」
「たった今、一か月前に人間界と霊界へ派遣していた使い魔が帰還しました」
「ほう。何か情報は得られたか」
「いや、大したものはなかったようです。闇撫の娘が人間界へ戻ってきたとか、それくらいで」
「へえ……」
ニヤリと包帯の下で口角を上げた軀。
他人にとってはどうでもよい、とるに足らない情報こそが彼女が求めていたものだった。
早急に言霊を用意し、再び使い魔を人間界に送らなくては…と人知れず考える。
「軀様。不躾な質問ですが、どうして人間界や霊界などに使い魔を送ったのですか?雷禅や黄泉の国に送るのならまだしも…」
無礼を断りつつ、主の行動が不可解であった時雨は問う。
魔界の三大妖怪である軀ともあろう者が、人間界や霊界へ使い魔を送ったところで対黄泉・雷禅戦に役立つような有力な情報を得られるとは時雨には到底思えなかった。
「時雨。お前が飛影と戦ってからどれくらい経つ?」
「は…一カ月ほど前になりますが」
突拍子もなく逆に軀の方から投げかけられた質問に、意表を突かれた時雨の声は上ずる。
「ああ。ちょうどオレが使い魔を送るよう命令した時期だな。それが答えだ」
軀がそれ以上述べる気はないと察した時雨は、追及せず敬礼をすると部屋から下がった。
(底の知れないお方だ)
軀の部下になって数年経つが、主の腹の内を読めたことなど今まで一度もなかった。
おそらく何百年と仕えている部下も、そんな経験がある者は皆無だろう。
ふと、時雨の頭に一か月前対峙した新入りの少年の姿が浮かぶ。
(奴なら分かるのだろうか)
飛影が軀のお気に入りで、目をかけられているのは軍の中では周知の事実であった。
飛影の妖力の成長は目覚ましく、時雨を打ち負かしたほど。
軀に気に入られるのも頷ける。
軍の中で、二人が一緒にいる場面を見ることは少ない。
しかし、その二言三言ばかりしか交わされない短い会話のみで、軀は飛影の何もかも分かったような口ぶりでいるのだ。
(あの日、何かあったのかもしれない)
一カ月前、時雨が飛影と戦った日に、きっと軀と彼との間で何かが起こったのだ。
そう感じるのは己が勘ぐり過ぎているだけであろうかと思案しながら、静かに廊下を歩く時雨だった。