long dreamA


□飛影と蔵馬
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「飛影!」


土砂降りの雨の夜、現れた訪問者の名前を未来は叫ぶ。


「ここ十階だぞ!?どうやってベランダまで来たんだよ!?」


天沼は相手が以前未来と一緒にゲーセンで遊び夕食を共にした飛影だと分かると警戒を緩めたが、不可解な点に眉を顰める。

同時に、領域(テリトリー)を飛影のいる隣の部屋まで広げた。

これで未来も隣の部屋への移動が可能になったわけである。


「飛影、どうしてここに?もしかして邪眼で私の危険を察知して来てくれたの?」


「ああ」


二人を阻めるものは何もなくなった。

未来は一歩一歩、震える声で飛影のそばに近づく。


「幽助が言ってたこと本当だったな。飛影は私たちがピンチになった時に絶対来るって。よかった。飛影ともう会えなかったらどうしようって思ってた…」


「大袈裟だろ」


「だって、飛影は暗黒武術会が終わって一か月も姿を現さなかったし。魔界に帰るって言うし…」


私も元居た世界に近いうち戻ることになるだろうし。

その言葉は、何となく口に出したくなくて飲み込んだ未来。


「ほんと、よかった。こうしてまた会えて」


目の前、手を伸ばせばすぐ触れる位置にきて、穏やかな笑みをこぼした未来を飛影はじっと見つめた。


彼女の瞳は薄く涙で彩られていて、飛影の心を揺さぶる。


自分がいなくなったことで、こんなに未来を動揺させてしまっていたのか。


罪悪感がチクリと胸を刺すのに、自分のために彼女が涙してくれたという事実に、甘く心を溶かされる。


(…悪趣味だな)


泣かせたくないのに、泣かせたいような。

己に宿るそんな矛盾した感情に気づいた飛影が、小さく口角を上げ自嘲する。


「飛影、ありがとね。実は心細かったんだよ、敵に連れてかれてさ。飛影が来てくれたらもう安心だ!」


ぱっと大輪のような笑顔を未来が咲かせて…。


ああ、この笑顔を守りたいから自分はここまで来たのだと飛影は悟る。


“飛影は…あなた達とは違う。絶対違うから!一緒にしないで!”


自分のために未来が啖呵を切ってくれたあの夜も、こんな風に雨が降っていたと飛影は回想し、濡れる外の景色を眺める。


割れていない方の窓ガラスが、向かい合う飛影と未来の姿を静かに映していた。


…しかし、部屋にいるのは二人だけではない。


「ちょっとお二人さん。オレ置いてきぼりで話進めないでよ!しかも未来、何安心しちゃってんの?人質が増えただけなのに」


飛影を人質としてカウントする天沼に、未来はチッチッチと人差し指を振って否定する。


「天沼くん、飛影をナメてもらっちゃ困るよ!飛影はめちゃくちゃ強いんだから!」


「ふうん。でもオレの領域(テリトリー)の中じゃ暴力行為は無効だよ?」


「おい。貴様らなぜ未来を攫った?」


返答次第でたたじゃおかん、という目で天沼を見据え飛影が尋ねる。


「オレも詳しくは知らない。仙水さんによると、魔界への穴を開ける計画に未来の手が必要ってことらしいけど」


「…未来、お前何か能力に目覚めたのか?」


「いや、全然。仙水さんとやらは勘違いしてると思うんだよね…」


疑惑の眼差しを飛影から向けられ、未来がこっそりと彼に耳打ちする。


「だろうな。とても変化があったようには見えん。いつもの能天気なお前のままだ。全く、暗黒武術会の時といいお前の周りにはズレた価値観の奴らが群がるようだな」


「飛影って一言、いや二言くらい多いよね」


口元をヒクヒク引きつかせる未来である。


「そうだ。そのままじゃ風邪ひいちゃうよね。飛影、待ってて。今バスタオル持ってくる」


びしょ濡れの飛影のため、バスルームへタオルを取りに行こうとした未来の腕を彼が掴んだ。


「いらん。さっさと行くぞ」


「あ、飛影…」


未来を引っ張って割った窓ガラスから外に出ようとした飛影だが、見えない壁に阻まれた。


「無駄だよ。オレにゲームで勝たない限り二人はこの部屋から出られない」


ゲームの腕に絶対の自信を持っており、不敵に笑う天沼。


未来と飛影の命運は、領域(テリトリー)の支配者であるこの小さな彼に委ねられている。


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