long dreamA
□トライアングル
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午前11時30分。
先週と同じように、蔵馬は待ち合わせ場所である駅の噴水前に佇む。
ひとつ先週と違うのは、待ち人が二人ではなく、一人であること。
「蔵馬」
駅から溢れ出る雑踏の中から現れた未来。
「待った?ごめんね」
「大丈夫。時間ピッタリだよ」
そんなお決まりのセリフを交わす二人。
「今日…」
「え?」
「今日、いつもと違う」
蔵馬に指摘され、未来はくるくると自分の髪をもてあそぶ。
「あ、髪のこと?さっきまで美容院行ってたから、巻いてもらったの」
ちょっとした自分の変化、お洒落に気づいてもらえるのは嬉しいことだ。
「可愛い」
一瞬蔵馬に何を言われたのか分からなくて、未来は手を止めきょとんと彼を見つめ返す。
「未来はいつも可愛いけどね」
微笑を浮かべ、蔵馬は先ほどまで未来が弄っていた髪をすくった。
その流れるような所作に、未来はドキッとする。
「か、からかってる…?」
こんな風に髪を触って。
歯痒くなるような口説き文句を言って。
(私が知ってる蔵馬には似合わないよ)
彼はからかっているのだと思うようにするが、整った顔立ちに綺麗な声でそんな言葉を言われれば、平然でいる方が無理な話。
耐性のない未来は頬をピンク色に染める。
「違うよ。褒め言葉は素直に受け取ったら?」
「…ありがとうございます…?」
疑問形で礼を述べた未来に、まあそれでもいいやと蔵馬は苦笑いする。
「とりあえず本屋に行こうか」
近くに大型の本屋があるらしく、案内する蔵馬の隣に未来は並んだ。
・・・・
「これと、これ。これなんかいいんじゃない?数学はやっぱりチャート式が分かりやすいかな」
ぽんぽんと蔵馬は選んだ参考書を未来に渡していく。
「よし、私これ全部買うよ!勉強も頑張らないとね」
高校生あるある。
参考書を選び買った瞬間だけ、勉強へのやる気が燃え上がる。
「オレの教科書や問題集も使っていいし、わかんないことあったら質問して」
「了解です蔵馬先生。さすが盟王高校の生徒は頼りになるなあ」
盟王、という単語を出して未来の頭を掠めたのは、先日の蟲寄市内の本屋での一幕。
「そういえば、この前に本屋で良い人に会ったんだよ。盟王の制服来てたから、蔵馬の知り合いだったりして」
かくかくしかじかと未来は本屋での出来事を蔵馬に話す。
「へえ…よかったね、容疑が晴れて」
「本当それ。あの人が来てくれなかったらと思うとゾッとするよ」
御手洗と共に警察送り、なんて羽目になっていたかもしれない。
「お礼したいと思っても、名前も知らないからな〜。蔵馬、何かその人に心当たりない?」
「それは無茶ぶりすぎるよ、未来」
手がかりは実質“眼鏡”のみ。
いくら蔵馬だって、本人特定は不可能である。
「あはは、ごめん。わかってて訊いた」
何を買うか選び終え、参考書を抱えた未来と蔵馬はレジへ向かった。
列に並び、レジ待ちの最中に未来がふと目をとめたのは博物館のポスター。
プラネタリウムの宣伝をしており、今の時期はちょうど春の星座を解説しているらしい。
「行きたい?」
未来の視線の先に気づいた蔵馬が顔を覗いて問う。
「うん…。ちょっと興味はあるけど、でも今日は勉強する予定だったし」
「勉強は来週からオレがスパルタで教えるから、行こうよ」
スパルタ蔵馬には恐怖を感じるが、そう言った彼の笑顔は優しくて。
「うん!行く」
こういうときは、自分の気持ちに素直になった方がいい。
未来も笑顔で彼にうなずいたのだった。