long dreamA


□前兆
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振り返った先に立っていたのは、眼鏡をかけたいかにも賢そうな男子高校生だった。


(蔵馬と同じ制服だ!)


そこで未来は気づく。


店員の視線は高校生の顔ではなく、着用している制服の方に向いている。


「…まあ、盟王の生徒さんが言うなら本当なのかしらね…」


態度を一転して変えた店員に、未来も御手洗も拍子抜けする。


喜んでいいのか、怒るべきなのかわからない。


「今回は本を返してくれたらよしとするわ」


単行本を持ち店の奥に消えていく店員の背中を、ポカーンと未来は見送った。







「ありがとうございました」


店の外に出ると、未来と御手洗は高校生に礼を言う。


「別に礼を言われることじゃないよ。にしてもあの店員ヤな感じだったな。謝るくらいすればいいのに」


本当に大したことをしてないと感じているのだと、高校生の口調や表情からありありと分かる。


「あの中学生三人も追いかけようとしたんだけど、足が速くてすぐまかれちゃったよ」


三人を追いかけていたせいで、彼は御手洗の無実を証言するのが遅れてしまったのだという。


「本当に助かったよ!あのままだったら私たち補導されちゃってたもん」


「どうってことないよ。じゃあ」


照れているのか、未来らに会釈したのち、高校生はそそくさと逃げるように去っていった。


「あなたも…ありがとうございました」


高校生がいなくなると、今度は御手洗が未来に礼を言う。


「あはは、私は全然役にたたなかったけどね。盟王パワーはすごいなあ」


苦笑いで頬をかく未来。


名門だという盟王高校の生徒に対する世間の評価を、身に染みて感じた。


「……」


御手洗は黙ったまま、うつむき地面を睨みつけている。


まるでこの世の何もかも恨んでいるような瞳に、思わず未来はビクッと肩を跳ねさせた。


彼の射るような瞳の矛先にいるのは同級生三人なのか、本屋の店員なのか、それとも人間全てなのか。


「じゃあさよなら…ってもう!やだこの虫!」


御手洗に別れを告げようとした未来だが、集ってきた数匹の虫を鬱陶しそうに追い払う。


その様子に、御手洗は目を丸くして未来に訊ねた。


「見えるの?この虫が?」


「え…普通見えないの?」


今の御手洗の言い方では、見える者と見えない者がおり、ほとんどの人間が“見えない者”にあたいするようだ。


「その虫が蟲寄に発生し始めたのは一週間くらい前かな。初めて虫が見える人に会えたよ。僕の頭がおかしいのかと思ってた」


初めて同士と出会え、御手洗が作っていた他人である未来に対する壁が少し取り払われた気がする。


誰も信用しない、何もかもを憎んでいたような御手洗の瞳が、いくらか柔らかくなった。


「うっ…」


「ど、どうしたの!?」


突然口元を押さえしゃがみこむ御手洗に、未来は動揺する。


「大丈夫?えと…御手洗くん、だっけ?」


話すのもままならない御手洗がこくりと頷く。


彼の顔は青白く、相当辛そうだ。


「病院に行く?とりあえず座れる場所に移動しようか。私の肩使っていいから」


いくら先ほど出会ったばかりとはいえ、目の前で倒れた御手洗を放っておくほど未来は薄情ではない。


迷惑はかけたくないし、他人の、しかも初対面の人間の情にすがりたくないのだろう。


御手洗は拒む意思を伝えるべく首を振るが、未来はしゃがみこむと彼の腕を自分の肩にかけ、力をふり絞って立ち上がる。


「遠慮しないで。病院行くならタクシー呼んだ方がいいかな…」


周りに行き交う人々は好奇の目を向けるだけで誰も手助けしようとはしない。


心配そうにこちらを見る者も多いのだが、皆、声をかけるまでには踏み切れず通りすぎていく。


「大丈夫?トイレ行きたい?」


どうやら吐き気は治まったのか、微かに首を振る御手洗。


「どこか休める場所を探すか、大通りに出てタクシーを拾おう」


未来は歩けない御手洗の体を支え、ベンチや大通りを探すため進みだした。


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