long dreamA


□前兆
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(ここが蟲寄市かあ)


蔵馬の家に行ってから数日たった平日の午後、未来は皿屋敷市から電車で20分ほど先の駅にある蟲寄市に訪れた。


たまには知らない街を見学してみようと思い、未来はここで買い物をすることにしたのだ。


(それにしてもなんだろ、この虫)


不思議なことに蟲寄市を訪れたとたん、気味の悪い虫が数は少ないが点々と飛んでいた。


だが周りの人間は肩に虫が止まろうが何も気にする様子をみせないし、この市ではこれが当たり前の光景なのだろうか。


(蟲寄市特有の虫なのかな)


そもそも異世界の住人である未来はそう解釈し、通りすがりの本屋に立ち寄った。


(参考書は蔵馬と土曜に選ぶ約束してるけど、事前に自分でも探しておこうか)


中高生用の参考書コーナーに足を運んだ未来は、中学生だろうか、揃って同じ制服を着た男子学生たちが目についた。


「御手洗じゃーん。何してんの?」


「別に…。ただ本屋に寄ってみただけ」


御手洗と呼ばれた茶髪でウェーブがかった縮れ毛の少年を囲むように、いけすかない笑みを浮かべて三人の中学生が立っている。


「なんだよその愛想ねえ返事」

「せっかくオレらが一人ぼっちの御手洗くんに話しかけてやってんのになあ?」

「カンシャしろよ、カンシャ」


御手洗に因縁をつけ嘲笑う彼らを見、未来は心底不快になった。


かといって関係のない自分がどうこうできるわけでもなく、気を取り直して未来は手にしていた参考書に目線を戻す。


「なんか言えよ、御手洗」


ただ無表情でうつむいているだけの御手洗の反応が面白くないのか、若干苛ついた口調でリーダー格の男子生徒が急かす。


「つまんねー奴。行こうぜ」


チッと舌打ちをうつ音が聞こえ、やっぱり気になってしまった未来はまた彼らの方に顔を向ける。


その時、未来は見た。


去り際に、男子生徒の一人がスッと御手洗の学生カバンに薄い単行本を忍ばせるのを。


御手洗はそれに全く気づいていない。


「ちょ、待っ…」


さすがに黙ってはいられなくなった未来が声を出すと、眉間にしわを寄せ不可解そうにこちらを見る御手洗とバッチリ目があった。


(さっきの三人を先に捕まえるべき?それともこの子に教えてあげるのが先?)


焦りつつぐるぐる思考を巡らす未来は、とりあえず単語を連呼することしかできず…。


「カバン、カバン!」


「え?」


ますます御手洗に不信感を募らせてしまった。


「あのね、さっきの人があなたのカバンに…」


「ちょっと、万引きした子を見たって言われたんだけど?」


説明しようとする未来の言葉を遮るように、怒りの表情を浮かべたベテランであろう本屋の女性店員が現れた。


店員が御手洗のカバンを探れば、すぐに単行本が顔をだす。


「あなた、こんなことしてどうなるか分かってる?すぐ学校と警察に連絡するからね」


「その子じゃないです!」


当事者である御手洗が否定する前に、切羽詰まった未来の声が店内に響いた。


「私、見ました。その子に罪を着せるために、ほかの学生が彼のカバンに未購入の本を入れたんです。たぶん、店員さんに告げ口したのも彼らだと思います」


未来はあるがままの真実を店員に述べたのだが、彼女の訝しげな表情は変わらない。


「証拠は?何か証拠でもあるの?」


ぐっと言葉に詰まる未来。


見たところ防犯カメラの類は設置していないようだし、店員の責めるような問いかけに何も答えることができない。


「後からならなんとでも言えるわよね。あんた達、本当はグルなんじゃないの?」


「違…」


見ず知らずの未来を巻き込んでは申し訳ないと思ったのだろう。


小さめだが否定の言葉を御手洗が呟いた。


「よくいるのよ、一人でやる度胸はなくて二人以上で手を組んでやる子。一番タチの悪いタイプね」


「言いがかりです。私も彼も万引きしていません!」


未来がハッキリした口調で主張する。


しかし、全く店員は取り合おうとしない。


「素行も悪けりゃ態度も悪いわね。その制服どこ中だったっけ?」


悔しい。


御手洗や自分の無実を立証することができず、不甲斐なくて、悔しくて未来は唇を噛む。




「オレも見ましたよ、ほかの男子学生がその子のカバンに本を入れるの」


突然の救世主の一声に、驚く未来が振り返った。


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