long dreamA
□abyss
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「本当にいいのか?格闘家としての功績を考えればお前は比較的軽い地獄の罪ですむのだぞ」
頑なな戸愚呂にハア、とため息をつくコエンマが念を押す。
「もう決めたことだ。変える気はない」
「…そうか。ならもう何も言うまい 」
説得を諦めたコエンマは書類に判をする。
戸愚呂の冥獄界行きを認める判を。
地獄の中でも最も過酷な冥獄界へ進むことを、戸愚呂は自ら所望したのだ。
「あの時オレが言ったことを覚えているかね?」
(あの時?)
コエンマに向けられた戸愚呂のセリフに、なんのことだろうと未来とジョルジュ早乙女は顔を見合せ首を傾げる。
「覚えておるよ。幻海が死んだ時の話だろう」
そういえば自分は飛影と共にその場を去ったが、戸愚呂はコエンマを引き留めていたと未来は思い出した。
「お前の進言通り幻海の体は冷凍保存した。幽助が優勝後に望むことくらい、ワシも容易に想像できた」
コエンマの発言から推測するに、ある仮説が未来の中で浮上する。
幽助は優勝者の望みを叶えてもらう権利として幻海が生き返ることを望むはず。
それを叶えるために、幻海の遺体を保存しておくことを戸愚呂が勧めた。
「だが人を生き返らせるなんぞ並大抵のことじゃない。それ相応のエネルギーがいるしな…。残念ながら、無理な話だ」
エネルギーが貯まるのを待っている間に、幻海が霊界にいることのできる期間は過ぎてしまう。
霊界とは生と死の中間にある駅のようなものなのだ。
肩を落としつつ、コエンマは無意識に口元のおしゃぶりを触る。
(魔封環のエネルギーを使う手もあるが、これは暗黒期のためのもの。人間ひとりを生き返らせるために使うというのも気がひける)
幽助の気持ちは痛いほど分かるしコエンマとて幻海が生き返れば嬉しいが、霊界のトップに君臨する者としての行動をとらなければならない。
毎日大勢の死人が霊界を訪れる中で幻海だけを贔屓し、多くの人命が危ぶまれる暗黒期のための魔封環を使うことなどできなかった。
「なんだと?優勝者の望みは絶対だと言ったはずだ!優勝チームのメンバーの望みは必ず叶えなければならない!」
「そう言われてもな…」
戸愚呂が声を荒げ、コエンマは困り顔だ。
「……」
しばらく黙って考え込むように俯いていた未来がパッと顔を上げる。
その瞳には、ある決意の色が宿っていた。
「あるじゃないですか、エネルギー」
えっといった表情で未来を見つめるコエンマ、戸愚呂、ジョルジュ早乙女。
「私が帰るために霊界の方々がエネルギーを貯めていてくれたんですよね?それを使えばいいですよ」
「だ、だが霊界の者たちは幻海を生き返すために使うことを認めないと思…」
「私の望みも幽助と一緒です!」
口を挟んだコエンマを、未来が一喝し遮った。
「優勝者の望みは絶対、なんでしょ?」
顔は戸愚呂の方へ向け、未来がコエンマに問う。
「…そうだ。その通りだ」
戸愚呂はニッと口角を上げると、未来に同意した。
「いいのか?未来。お前が帰る時期が延びてしまうぞ。また3ヶ月という短期間でエネルギーが貯まるとは限らない」
生命体が放出するエネルギーは日によってまちまちで、また貯めるのに数倍の時間がかかってしまう可能性も0とは言えない。
そうコエンマが訊ね一瞬未来は躊躇したが、またすぐ思い直した。
「時間が多少かかっても、帰れるなら問題ないです。今は師範が生き返ることを優先させたい」
「…わかった」
意思の強い未来の口調と眼差しに、とうとうコエンマも観念する。
「霊界の方々には、ごめんなさい。またエネルギーを貯めてもらうことになりますが…」
「それはかまわんよ。ただおしゃぶりをはめればよいだけだしな」
「お安いご用ですよ!」
ぐっとジョルジュ早乙女が親指を上げ、未来の心は軽くなった。