long dreamB

□リリック
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どんなに求めても、もう絶対に手に入らない物を一時だけつかませて。
溶けるような幸せを味わわせたあと、あっけなく消えていく。


誰かのような食べ物だと当時、飛影は思った。


「そ、そっか…。味薄かった?」


「今日のは、あの時と味が違った」


気落ちしていた未来だったが、飛影の言葉に目を瞬かせる。


「今日は前より美味しいってこと?」


「ああ」


あの頃、飛影はもう未来には逢えないと思っていて。
ガトーショコラを飲み込む度、深い虚無感に襲われた。


けれど、今は。


「よかった!えー、どうしてだろ?作り方変えてないのに」


未来が隣にいるからだろうな。


伝える代わりに、飛影は未来の唇を奪う。
絡んだ舌にチョコレートの味がして、うっとりと甘い心地に浸りながら未来は口づけに応えた。


「…美味いだろ」


「うん。……美味しい」


唇を離して飛影が訊ねれば、未来がこくんと頷いた。


未来が隣にいること。
あの時は奇跡に思えたことが、今は日常になっている。


実感すると、胸の真ん中あたりがツンとして…。
その感覚が苦しくて、飛影は未来を包むように抱きしめた。


未来が隣にいること。
当たり前だけど、当たり前じゃない。


「飛影。ずっと一緒にいるよ」


突然抱きしめてきた飛影の胸の内を察したのか、優しく告げて未来が彼の背中を撫でる。


「……未来」


未来に聞いてほしいことがある。


今からすごく自分らしくないことを言うと思うから、未来に顔を見られたくなくて。
未来の温もりを感じていたくて、抱きしめたまま飛影は続ける。


「今日はお前が楽しそうでオレも嬉しかった」


幽助、桑原、蔵馬に囲まれて笑う未来を見ているだけで、飛影は心が満たされていくのを感じていた。


未来のどんな顔も飛影は好きだけれど。
やっぱり、未来は笑顔が一番だ。


「アホ面でケラケラ笑ってたからな」


「あ、アホ面は余計でしょ〜?」


こんな時でも意地悪な発言をしないと気が済まない飛影である。


「お前は親たちの前でもあんな風に笑っているのか」


「え?う、うん。笑ってると思うけど…」


質問の意図が分からなかったが、肯定する未来。


「今度会いに行かせろ」


びっくりしすぎて、飛影の腕の中で未来が固まった。


「な、なな…なんで!?飛影がそんなこと言うの意外すぎて…!」


「お前も氷河の国へ行きたいと言っただろう」


ちょっとふてくされたように飛影が指摘して、未来も腑に落ちる。


「そっか…」


飛影を生んでくれてありがとう。
飛影の故郷を知りたい。


同じような気持ちを飛影も持ってくれているのかなと思うと、未来は笑みを堪えきれなくなった。


「ふふっ」


「どうした」


「嬉しくて」


きっと今飛影に顔を見られたら、ニヤニヤしすぎだと眉を顰められるに違いない。


「ずっとそうやって笑っていろ」


けれど思いのほか飛影の口調がとても優しくて、未来は意表を突かれた。


「お前とこうなって、守りたいものが増えた」


未来を守りたい。
飛影の根底にあったその気持ちは、未来と付き合うにつれ徐々に形を変えてきた。


家族。もちろん幽助たち友人も。
未来が想う人々の存在を、以前よりずっと深く飛影は認識している。


未来を愛することは、未来の大切なもの全部ひっくるめて大事に思うことなのだと飛影が気づいたのはいつからだろう。


形見の氷泪石や雪菜だったり。
飛影が大事に思うものを、未来が大切にしてくれる人だったからか。


気づくようになったことは他にもある。
たとえば、今日の夜空の美しさとか。


世界が色づく。景色が変わる。
当たり前の日々が愛おしい。


「お前の大切なものを、オレにも守らせてほしい」


未来を笑顔にさせるもの。


守りたいという気持ちが、飛影に自然と芽生えていたから。


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