いつだろう。 いつだったのだろう。世界が変わったのは。 自分の変化に気づいたのは。 狭い世界で自分の心を鎧に包み、傷つくのが怖くて他人から排斥される前に自分から周りを拒絶していたあの頃。 望んでいるものから目を逸らし、諦め、微かな光に縋り付くような形で無為な生を送っていた、幼い自分。 世界は悪意に満ちていて、「異物」である僕はなす術もなく悪意に飲み込まれていた。 怒り、苦しみ、諦め、見せかけの平穏。未来の光は遠かった。 それでもその中で、少しは自分の居場所を見出していた。 勿論、学校なんてネットワークの中じゃない。 彼処は僕と違う―――僕の望む「普通」を持っている奴らが沢山いて、「お前は異質だ」という視線に晒される毎日に息が詰まった。 あの頃の僕の居場所は、住んでいた寺。 例えこの左眼にとってひどく居心地の悪い場所だとしても、僕が普通に呼吸が出来るのはあの寺だけだった。 耳鳴りがしそうな程の死者の訴えがあったというのにそう思えたのは、やはり叔父さんのお陰だろう。 彼は、親をまだ必要とする歳頃に最悪の形で肉親を喪い、ぼろぼろになって殻に閉じこもった僕に愛情を注いで癒してくれた。 『人と違うもの』に対して容赦無い世間から傷つけられても、彼がいたから耐えられた。 己のおぞましい出自を知って苦悩はしても、道を外さずに済んだのは叔父さんが「個」としての僕を受け入れてくれていたからだ。 自分の甥とは言え、悪しき男の悪行の末に生まれ出た僕を―――息子として育ててくれた。 彼を喪った今、それがどれほどありがたいことかがよく分かる。 その事に対し、ぼくは今でも彼に深く感謝している。 けれども、彼の尊き真心をもってしても僕の孤独は完全に癒えなかった。 大人になった今ならわかる。 人間というのは、幼児の頃は肉親の愛情が全てだ。だが成長して多くの人間と関わるにつれ、他者の情を求めるようになる。それは友情だったり愛情だったり、強いて言うなればプラスの感情だ。 僕に向けられるものと、逆の感情。 もしかしたら自分から歩み寄れば、そういったものを得られたかもしれない。 でも殻に閉じこもっていた僕は、一切そういうものから自分を切り離していた。 自分が他者のぬくもりに飢えているなど、考えもしていなかった。 自分の脆い心を守るため、何かを望むのを禁じていた。望まなければ失望しないからだ。期待を裏切られる事もない。 初めから「無」でいれば、傷つかずに済んだ。怒りもやるせなさも寂しさも、全てそうやって飲み込んできた。飲み込むよう努めてきた。 そうやって僕は生きてきた。ずっと。 あの……6歳の雨の夜から、ずっと。 指先まで冷え切ったあの夜からずっと。 そんな中で、僕は君に出会った。 僕の赤い瞳を綺麗だと言った君に。 |