☆捧げ物&頂き物☆
□薔薇の香りが漂う頃には
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人気が少ない放課後の空き教室の前を歩いていると聞きなれない訛りを使用した会話が聞こえてきて何事かと思い、教室内にいる人物を思わずガン見をしてしまった。
それが彼との出会いだった。
彼は電話越しに訛り方言を使用していた。
恐らく地元の家族らと話しているのだろう。
何処の地方の人だと問いただしたいくらいの訛り方言だが生憎私は彼と初めましてだ。
電話を切った後、私に気付いた彼は鬼のような形相でかつ、少し冷や汗をかいて焦った様子でこちらに迫ってきた。
その時、微かに薔薇の香りがした気がした。
私は反射的に何故か身構えてしまったが暴力をふるってきそうな人には見えなかった。
「貴女いつからそこにいたんですか」
「ついさっきですけど」
「今の会話は」
「き、聞いてましたけど」
「学年とクラスは」
「2年1組です」
「名前は」
「佐伯さりです」
なんなんだこの人は。
もしかしてさっきの訛りは聞いてはいけないものだったのだろうか。
にしても粘着質っぽい人だ。
「成程、裕太くんと同じクラスですか。
貴女・・今のこと誰かに言おうとか思っていませんよね。」
「言う訳ないじゃないですか。
だって私貴方のこと知らないんですもん。
あ、もしかして裕太くんのお知り合いですか?」
「女子は信用できませんからね・・。
いつどこで誰に何を言い触らすかわかりませんし此処は慎重に」
1人で何かブツブツ言ってるようだが私は彼に信用がない人間だと思われているらしい。
失礼しちゃうな、これでも口は堅い方だぞ。
「あの、レディに学年クラスと名前を名乗らせておいてそっちは何も言わないんですか。
しかも一方的に私のこと疑って失礼にも程があると思うんですけど」
「失礼なのは貴女の方です。
人の電話を盗み聞きするとは良い趣味をお持ちのようですね」
彼はそう皮肉を言うとニッコリと笑みを浮かべた。
私はその皮肉にムっとしてついつい言い返してしまう。
「訛りがそんなに恥かしいんですか?
今の確かズーズー弁って言「口に出して言わないで下さい!!」」
「何年生か知りませんけどそうやって敬語にしているのも訛りがでないようにしているからですよね?
弱みを握られたからってそんなムキにならなくても」
「弱みを握られた?
馬鹿なことを言わないでくれませんか。
僕は売られた喧嘩は丁重に買った上で徹底的に叩き潰す主義なんですよ。」
「私が喧嘩を売ってるとでも?
自分勝手な解釈やめて貰って良いですか」
私と彼との間に火花がバチバチと散った。
なんでこんな馬鹿げた会話をしているのか自分でもよくわからないが彼も私も引きさがろうとはしない。
この勝負は誰が何をどうしたら終焉になるのだろうか。
「とにかくですね、このことを誰かに話してみなさい。
どうなるかわかりますよね?
特に裕太君に話した時は、」
「誰にも話しませんよ!
ってか弱みを握ってるのはこっちなのになんで貴方がそんなに偉そうにしてるんですか」
これは正論なハズだ。
弱みを握っているのは紛れもなく私の方なのに何故、"どうなるかわかりますよね"などと言われなければならないのか。
相手の態度1つでこっちは誰にだって言い触らすことだってできるのに。
「WinWinの関係ってわかりますか?
貴女が僕の弱みを握っているように貴女も僕に弱みを握られているのですよ。
僕は人間観察や他人のデータ収集が得意なんです」
「・・えっと、それはつまり」
「貴女の知られたくないことを僕が言い触らすことも可能なんですよ。
貴女も人に知られたくないことの1つや2つあるでしょう。
僕もそれと同じなんです。
良かったですね、これで僕も貴女も対等な関係と言うことになりました」
考えることがネチっこい。
が、彼の今の発言が出まかせや嘘だとは私は思わなかった。
ルドルフ学院の男子テニス部にやたらと他人の情報に詳しい人がいると聞いたことがあるからだ。
自分の知られたくないことが相手の手にあるというのは案外嫌なものだ。
「わかりましたよ、絶対言いません。
まぁさっきからそう言ってるんですけどね・・」
「何か言いましたか」
「言ってません!」
「僕は3年の観月です。
貴女にはこれくらいの情報で十分でしょう」
上から見下してきている彼は皮肉にも先輩という立場であり、これでもし彼が1年だった時は私は完璧にぶん殴っていた。
観月さんは私の顔を横目でみるなり「んふっ」と笑って空き教室から去って行った。
ポツンとその場に残された私は彼に聞こえないようにッチと小さな舌打ちをかました。
そして今、その日から約2週間が経とうとしていた。
あの日から私は教室で授業を受けている時以外は常に誰かの視線を感じていた。
登校時、授業休憩時、昼休み、放課後、下校時等々・・。
その誰かはもう特定できているのだが本人に直接ストーカー行為をやめろと言うべきか否か。
「お前観月さんに恨みでも持たれたのか」
「え、なんでわかるの?」
うーんと悩んでいた時、前の席にいる裕太君に声を掛けられる。
彼とは特別仲が良いというわけではないが普通に「おはよう」とか日常的な会話ができる程度の仲ではある。
裕太君には同じ部活の先輩だということもあり観月さんのことはわかっていたらしい。
「だって観月さんずっとお前のこと観てるぞ。
登下校時だって部活よりもお前のこと追っかけてるみたいだし。」
「これはもう訴えるべきだろうか」
「訴えられたら俺らが困る」
「実はまぁ弱みを握れ握られって感じの関係でありまして・・畜生あの粘着質最低男め」
「は?」
「いやね、私もどうしたらいいことやら。
あ!も、もしかしてこの会話も聞かれてるのかな」
「聞いてますよ」
「「うわぁ!!」」
いつの間に教室内にいたのか、観月さんは私の席の真横に立っていた。
心臓に悪いことこの上ない。
「裕太君に変なことをふきこまないで下さい。
それに何か勘違いをされているようですが僕は貴女に好意や下心なんて持ち合わせていませんよ。」
「でも観月さんいくらデータ収集だからといって下級生の女子にストーカーするのはちょっと」
「裕太君は黙ってなさい。
今僕は彼女と話をしているのです!」
「え、なんで俺今怒られたの」
「貴女の気持ちなんて知りませんよ、何しろ僕は粘着質最低男らしいのですからね」
「まんまの意味だと思いますけどね。
私はそんなに口が軽い女に見えますか」
「女子の噂は光より早いとよく聞きます。
僕をこうさせているのは貴女なんだといい加減気づいた方がいいですよ。」
「もうとっくに気がついてますよ。
私のこと信用してないですね」
「貴女のことを信頼するつもりなんて一切ありませんよ。
でもしいて言うならこの2週間でわかったことがあります」
「?」
勢いが良かった観月さんは言葉を詰まらせて自分の唇に手を当てて何か考え事をしていた。
こうみると黙ってれば普通に綺麗な男の人だなと感じることができるのに口を開けばあーいえばこーゆうのだから残念な美少年だと私個人ではそう思う。
彼の良いところはせいぜい容姿と声くらいだ、と思っていた矢先彼の口からとんでもない言葉が出た。
「案外、馬鹿も可愛いものですね」
「は」
「あくまで計算上の話ですが」
「や、言ってる意味がよくわからないんですけど」
「馬鹿な貴女には少し難しい表現でしたね。
先ほど僕は貴女に好意や下心はないと言ってしまいましたがあれは取り消しておいてください。
いくらデータ収集が得意な僕ですら貴女の心は僕にもわからないのですから」
なんかポエム的なことを言い出したなと思えばこれは遠まわしに告白ということなのだろうか。
だとしたら全面的にお断りである。
「ごめんなさい」
「・・それはなんのごめんなさいですか」
「全てにです。
この際だからこの関係にも終止符を打ちましょう。
私の負けで大丈夫です。」
「これは勝ちとか負けとかそうゆう意味の話では・・もしかして負けというのは僕の気持ちに押し負けたという意味で?」
「なんでそうなる!!
あああわかりにくい言い回しばかりするから頭がこんがらがってくるんだ!!」
「正直僕も驚いていますよ。
僕は大抵大人の女性を好むのですがまさか貴女みたいな女性に興味を持つとは自分でも驚きです」
「全然嬉しくないし喜べない。
とにかく観月さんの気持ちには応えられませんのでお帰り下さい。
二度と来るな」
「そうですね、まだデータが足りませんでした。
もう一度貴女のデータをたくさん手に入れてから出直して来ます。
所でさりさんの好みのタイプは」
「人の話聞いてました!?
ねぇちょっと恐いんだけど、裕太君の先輩なんでしょなんとかしてよ!」
「無茶言うなよ!」
「僕はこれでもしつこい男なので貴女に嫌と言われても纏わりつきますよ。
僕が粘着質最低男だとしても。」
「え」
さりげなく観月さんは私の手の平をソっと取って自分の口元まで持ってくるとチュっと手の甲にキスを落とされる。
あまりにも突然の出来事で私も裕太君も近くにいたクラスメイト達も一瞬フリーズをした。
私は口をパクパクして断片的な言葉を吐き続けるとカァっと赤面をしながら彼の手から素早く手を引いた。
そして私は「わあああああ」と叫びながらも反射的に彼に平手打ちをかまそうと彼の顔面目がけて手を飛ばす構えをした。
しかし、
「予想外のことで驚いたでしょう?」
観月さんの頬に手が当たる寸前に彼に手首をガッチリと掴まれてしまったのだ。
見た目から言えばテニスすらしているのかと思うほど細身な観月さんだが意外と握力もあるのかと変に納得してしまいそうになる。
だが今はそんなことを考えている暇はない。
「僕も苦手なんですよ、想定外のことは。
でもこの事態は想定できていたので貴女の平手打ちを無事に阻止できました」
観月さんが目を細めて笑ったその時、微かに薔薇のいい香りがしたのを私は一生忘れないだろう。