☆捧げ物&頂き物☆
□偶然に感謝!
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「ごめんね、大丈夫だった?」
目の前にはさりの信じられない光景があった。
大好きな先輩が自分の目を真っすぐ見て手を差し伸べてくれている。
いつも遠くから見つめている距離よりもずっとずっと近くて手を伸ばしたら顔に触れることすら可能な距離だ。
だからさりはあまりに突然の出来事で気が気じゃない。
「怪我とかしてない?」
「し、してないです!
大丈夫ですごめんなさい!」
さりはせわしなく自分から立ちあがって逃げるようにその場から去った。
自分でもなんで逃げちゃったんだろうと思うこともあったがあの場で平常心を保つことも恐らくできなかっただろう。
遡れば事件があったのは約3分前くらいの出来事。
さりが1人廊下を歩いている最中、後ろ向きで歩いていた誰かの背中に軽く衝突し、その反動で廊下に尻もちをついてしまったのが事の原因だ。
そしてさりが衝突してしまった相手、それはさりが片思い中の千石清澄だった。
彼は山吹中の3年で、さりは2年生。
千石は学年問わず多くの女性から想いを寄せられている存在で、一般ピーポーのさりが近づけるような相手ではない。
だが、さりは密かにそんな千石に想いを寄せていた。
見るだけでも見かけるだけでも目の保養で、彼と同じ空気をすえて同じ学校に通えているというだけでもさりは幸運だと神に感謝をしている。
そんな千石にさりは接触し、見つめられ、手を差し伸べられるという最高のひと時を堪能した。
しかしいきなりすぎる展開で頭と心の整理がつかず、その場から逃げ出してしまったのだ。
「手をとるなんてことしたら一生手洗えなくなる・・」
さりは自分のクラスに戻り、荒い息を整える。
が、先程の千石の瞳が頭から離れない。
思い出しただけでも赤面してニヤけてしまいそうだ。
それを少しでも紛らわそうと友人に何気ない話を振ろうと思っていた時だ。
「2年3組のさりちゃんって今いるかな?」
さりは自分の下の名前をちゃん付けで呼ばれておもわずビクっとする。
声のした方の近くにいたクラスメイトが「さり呼ばれてるよ」と教えてくれるが、さりは声質ですぐ誰に呼ばれたかがわかった。
まぎれもなくこの声は千石清澄だ。
なぜ千石が自分の名前とクラスを知っているのかが不思議だが、もうこうなれば逃げ場はない。
さりは覚悟を決めて千石の方へと向かい、近づいた。
クラスメイトの女子の何人かは千石を見て「あの先輩イケメン!」「千石先輩やっぱかっこいい〜」と口々に声を出している。
さりのクラスでも千石は人気で割と有名人だ。
「さっきの子だよね?
急に逃げ出すからビックリしたよ。」
「私もその・・ビックリしちゃって・・ごめんなさい。」
「俺も急にぶつかっちゃってごめんね〜。
あとこれ、落としてたよ。」
千石が手に持っていたのはさりの生徒手帳だった。
「え、生徒手帳いつの間に、」
「勝手にクラスと名前見ちゃったけど届けられてよかった。
ぶつかったときに落としちゃったのかもね?」
「わざわざありがとうございます。
家宝にしますね!」
「え?」
「あ!いや次から落とさないように気をつけます!!」
千石から生徒手帳を手渡しで返してもらったさりはついつい本音を口走ってしまった。
絶対変な奴だと思われただろうなと自分の失言に後悔をする。
「うん。
俺も廊下歩く時は気をつけるようにするね。じゃあこれも何かの縁ってことで・・」
「?」
「ラインでも交換する?」
「は!?ライン!?」
「君みたいに可愛い子の落し物拾えて俺もラッキー!
これも運命だと思うんだよね。
ダメかな?」
何を言い出すかと思えば千石からのライン交換のお誘い。
予想もしない展開だらけでさりはもう訳がわからなくなっていて、自分でついつい余計なことを口にだしてしまう。
「本当に私なんかといいんですか?
私よりもずっと可愛い子クラスにいっぱいいますよ。」
自分への誘いなのに自らその渡り船を沈ませてしまうような発言をしてしまったことをさり自身も驚いていた。
これで千石が他の子に声をかけにいったらラインなんて一生交換できないと思っていた。
が、
「君じゃなきゃ駄目なんだよ。」
と千石から言われ、さりは一瞬フリーズしそうになったが平常心を保ち何喰わぬ顔で首を傾げる。
「どうゆうことですか?」
「あーえっと・・なんていうか。
やっぱこうゆう出会いって運命感じるなって思ったんだよね!」
「は、はぁ。」
「俺今日の占いで落し物拾って持ち主に届ければラッキーなこと起こるってテレビで見たから。
そのラッキーなことって君との出会いだったって俺思うんだよね。」
彼はニコリと笑ってそう言った。
さりはその後、この"偶然"に感謝をしなければと内心嬉し泣きをしながら千石とラインを交換した。
「じゃあ俺戻るね。
いつでも連絡してくれていいから!
ばいばいさりちゃん!」
彼は満足した顔でさりに手を振って行ってしまった。
さりもその場で控えめに手を振り返すがスマホを持つ手は手汗と震えで大変なことになっていた。
クラスのさりの恋愛事情をしる友人達からは「良かったね!」と口々に言われたがさりの精神はもぬけの殻状態だった。
とりあえず今日は家に帰ったら生徒手帳をジップロップに保存しようという考えが頭を巡ったのだった。
「なぁお前さ。」
「ん?」
その日の放課後の部活終わり、千石は同じテニス部の南に声をかけられた。
南は千石に呆れた顔で問う。
「今日さ、お前下級生の子にぶつかってたけどあれわざとだろ。」
「え?」
「それにお前があの子とぶつかったときにどさくさにまぎれてその子の胸ポケットに入ってた生徒手帳くすねてただろ。
俺は見てたぞ。」
「俺は後ろ向きにその子とぶつかったのにそんな異形なことできるわけないでしょ?
きっと南の見間違い」
「さぁなお前ならやりかねない。
本当はその子のことずっとマークしてたくせに。」
「・・なんでわかっちゃうかなぁ。
さすがは我らが部長だね」
「お前も策士だよな。」
ヘラヘラ笑う千石に、南は呆れながら溜息をついた。
そして途端に千石は真顔になり、自分のスマホを取り出した。
「・・なぁ南。」
「あ?」
「この世にはさ、"偶然"じゃ巡り合えない出会いってものがあるんだよ。
だから自分からその"偶然"を作っていかないと、ね?」
千石はそう言って目を細めて笑うが、それは決して見ていて気持ちの良い笑顔ではなかった。
そして彼は自分のスマホのライン着信を眺めて、満足そうに微笑みながら部室を後にしたのだった。