☆捧げ物&頂き物☆

□ナンセンスカップル
1ページ/2ページ



「同級生なら良かったのにね」

ガランとしたひとつの教室にその声はよく響いた。
しかしその声への返答は同じ教室の空間にいるのにも関わらず耳をよく澄ませなければ聞こえない程度の声量であった。

「・・そっすね」

「たかが1年だから大丈夫だって。
その・・えっと、浮気なんて絶対しないから。」

「もう橘さんとテニスできなくなると思うと・・俺、」

「あ、そっちかーい。」

不動峰中学校は本日卒業式が行われた。
そのため不動峰中の3年生であり、同時に卒業生であるさりの制服の胸元には卒業生全員がつけることとなっている花のコサージュがついている。

2年生の神尾アキラは先輩であると同時に恋人であるさりに別れの言葉を伝えにさりのいる教室へと訪れたのだ。
幸い、3年生の最終ホームルームからかなり時間が経っていたため教室にはさりとアキラの2人だけである。
さりに会いに来たアキラは目元に何回も泣いた跡が残っており、てっきりさりはアキラから何かしらの甘く切ない言葉が貰えるのではと期待していたがどうやら違っていたらしい。

「お前は何しにきたんだよ・・」

「え、何って橘さんとさり先輩の別れを惜しみに」

「惜しんでたのは橘くんにだろ」

「だってさり先輩とは春休みにいいだけ会えるじゃないッスか。
え、もしかして俺がさり先輩に何か言うとか期待してました?」

「大いにしてたよ、自分から浮気しないからとかほざいちゃったよ。」

「そーゆうの自意識過剰っていうんスよね〜」

「悔しいけど反論ができない・・」

卒業だというのにこの2人の間には卒業ムードなどという言葉など無いようだ。
教室の窓の外には綺麗な桜、誰もいない教室という整ったシチュエーションがぶち壊しである。

「テニス部って送別会したの?」

「もうそれが大盛り上がりで深司なんて橘さんからしがみついて離れないし桜井も内村も鼻水と涙でべろんべろんで、橘さんもそれ見て男泣きで。
あ、そうそうさり先輩と杏ちゃんの話もしたな〜」

「え、何でまってそれ私聞いてない!」

「まぁ言ってませんしね。」

「何話した?変なこと?」

「ほらさり先輩、俺らいじめてた上級生に石とか牛乳ぶちまけたりした時の話とか」

「それ私の黒歴史・・」

「いやーあんときのさり先輩凄かったって話題になって大笑いで」

「笑い物にされてるし・・」

「でも正直さり先輩があーゆうことしてくれたから俺ら助かりましたし、割と心強かったッスよ。」

「今思い出したら恥ずか死にそう・・」

遡れば、さりは元々男子テニス部に接点がなければ元々神尾アキラとも接点がなかったのだ。
アキラと始めて出逢ったのは1年半前。
つまりさりが2年生でアキラが1年生だった頃にさりが行きつけのCDショップで中々入荷することがないマイナーロックバンドのCD1枚を同時に手に取ろうとした時が彼と彼女の出逢いだったわけだ。
中々そのロックバンドを好みになる人物が自分たちの周りに居なかったことから同じ学校で同士に巡り合えたという奇跡で2人は意気投合し、いつの間にか恋人関係になっていたのだ。

アキラと絡むことでテニス部の現状を知ったさりはどうにか出来ないかと考え、アキラ達2年生を苛める上級生に、影から給食にでていた手つかずの牛乳瓶を上級生に向かい投げつけてぶちまけたり、足元に転がってきたテニスボールをわざと彼らにぶつけるように投げたりと中々大胆なことを行っていたのだ。
驚くことにさりはそんな自分の行動を密かにかっこいいと思っていたのである。

『影で彼氏助ける彼女ってめっちゃかっこよくない!?』

『カッコよくはないッス』

地道であるが、大胆なその嫌がらせに上級生たちはイラつきその犯人を特定しようとしていたが、丁度良いタイミングで橘がテニス部に入部したことによってさりは彼らから復讐されることなく、今無事に卒業を果たしたのだ。

これは男子テニス部の中にある一種の武勇伝としてさりは密かに祭られているが、さりからすればとんだ中二病事件である。

「なんか弱み握られてる気分」

「多分俺そーゆうさり先輩の行動力にも惚れてるんですよね。」

「惚れてくれるのは嬉しいんだけどもっと違うところにして欲しいなあ。
あ、スタイルとか!」

「スタイルってそのスタイルの何処に惚れろって・・痛っ!」

「私達なんとなくで付き合ってなんとなく恋人してる感あるけどこれって自然消滅の合図だったりするのかな」

「自然消滅なんてしませんって!」

「だってさぁたかが学年一個下ってだけでアキラ全然敬語やめてくれないし同じ高校だって行けるかわからないし」

「やっぱ敬語大事じゃないッスか。
やっぱ年上には敬語つかってないと俺のリズムが狂うっていうか・・。」

「多分アキラはため口でも敬語でも不自然」

「どういう意味ッスか!
でも同じ高校には行きますよ。
俺スポーツ推薦狙ってるんで勉強しなくてもワンチャン」

「こっちは真面目に受験したってのに・・」

「学校生活一緒に過ごせませんけど、部活が休みん時とか引退した後とかはなるべく一緒にいたいんスよ。
U−17の合宿の時なんてほぼ会えませんでしたし俺もちゃんと彼氏っぽいこととかしたいし・・例えばほら、えっと」

「?」

「ちゅ、ちゅー・・とか・・?」

アキラは恥ずかしそうに赤面をしながらこんなことをいうものだからさりは呆気にとられて「っぷ」と吹き出し、爆笑をし始める。

「超ウケる待って!」

「えぇ!?
俺いま超真剣に言ったんだけど・・」

「全然リズムに乗れてないし!」

「じゃあなんて言えばいいんですか」

「そうだな〜。
さり先輩は顔が可愛い、とか?
なーんっつって冗談なんだけども」

「ん〜・・さり先輩は顔っていうか笑顔可愛いですよね。」

「は」

「ギター練習してる時の顔とか、メシ食ってる時のしぐさとか、体育で汗かきながらランニングしてる時の横顔とか、寝顔とか俺は大好きで」

「ど、どうしたのいきなり」

今の今まで可愛い年下の彼氏だと思っていて会話をしていたが、アキラがいきなり別人になったかのように豹変しているように見えて、さりは正直ビビっていた。

先ほどまで席二つ分くらいの距離で会話をしていたのに、気付けば彼はすぐ隣にいた。
目の前でちゃんと彼を見ると、出逢った当時よりも随分と背が伸びているし顔つきも違う。
声のトーンもさっきまでとは違って低くなっているあたり、いつもの彼じゃないなとうなずけるものもあった。
今この時だけは年の差なんて感じることができなかった。

「特に好きなのは、
今みたいに余裕なくて油断してる時の顔とか。」

「あ、え、ええと、」

さりがいる座席の机上に手を置いて、さりの顔を覗くようにアキラは顔を近づける。
その距離わずか数センチ。
さりはアキラと目を合わせないように視線を泳がせているが、彼は真っすぐさりの方を見つめている。
後少し近づけば唇が重なり合ってしまうそんな近距離状態で見つめ合うことはや20秒。

さりもアキラも覚悟を決めて目を瞑ったその時、

「おーいアキラ!」

「「わあああああああああああああ」」

「え?」

「何事?」

「うるさい・・廊下にめっちゃ響いたんだけど・・」

2人の教室に何も知らずに入ってきたのはテニス部の内村だ。
突然の教室への訪問者にさりとアキラは心臓が口からでる勢いでこれまでに無いほど叫び、赤面した。
それに何事かと続いて他の部員もゾロゾロと教室に入ってくる。

これではまたムードがぶち壊しである。
今度こそはと、今日こそはとキスするタイミングを見計らっていたアキラの計画は見るも無残に砕け散る。
その腹いせに、アキラは教室に入ってきた部員に赤面しながらも罵声を浴びせ、さりは頭を抱えて抜け殻のように机につっぷしている。

「勝手に入ってくるな!
ってかお前ら教室に入る時ぐらいノックしろよ!!」

「いやここ職員室でもお前の部屋でもないし。
な、深司?」

「いや桜井、これはどう考えても俺らお邪魔ってやつでしょ・・てかそもそも学校でそーゆうことするアキラの方がどうかしてるっていうかほんと嫌になるよな」

「いやそれ俺の台詞!
畜生!またリズム狂わされた!!」

「アキラ帰らねぇの?
杏ちゃんも女子テニの送別会終わったから橘さんももう帰るってさ。」

「どう考えてもアキラとさり先輩よろしくやってた雰囲気だろ。
邪魔しちゃ悪いよ。」

桜井と深司に続いて内村と森も会話に参加をする。
教室から少し離れた廊下には何があったかわからないという顔をした石田と橘が待機しており、その隣には橘の妹である杏が何が起こったのかを察し、同情のまなざしを教室にいるアキラとさり向けた。

「お前らさぁ!」

「アキラ、萎えたから私達も帰ろう」

「え、あ・・そ、そうっすね。」

予想外の出来事にアキラもさりも不完全燃焼状態で、キスどころではない。
にぎやかな帰り道の中で、2人は折角の機会を逃してしまったと口には出さないが惜しく感じていた。
その中でもさりは、先ほど豹変したアキラの顔が忘れることができずにしつこく頭の中でフラッシュバックされ、再度赤面しそ
うになる。
騒がしい部員の後ろを歩く2人は、横に並んで無言で歩く。

部員といる時はいつも騒がしいアキラだが、今この時はどうしてもだんまりになってしまう。

「えっと。
俺、かっこよかったスか?」

「・・ん、いや意外な一面もあるんもんなんだなぁって。」

「惚れ直しました?」

「私よりも大人っぽいなって思った。
悔しいけど、あの時だけ年下には見えなかった。」

「っしゃ!」

アキラは嬉しそうに小さくガッツポーズを決める。
そんなしぐさに関してはまだまだ彼は年下なんだなと感じてしまうが5年後経った後の彼はとんでもなく色気づいてしまうのではないかと期待の半面不安も感じた。
これはこっちが浮気される側になるのではないかと考えたからだ。

「私ももっと女子力上げないと・・」

「え、女子力?
さり先輩は息してるだけでも可愛いッスけどね!」

「・・アキラって割と変態だよね。」

「え、何処が「性癖が」俺どっかおかしな性癖あります!?」

「全部」

「全部!?」

本人達は居たって普通の会話しているつもりだが、周りに居た数少ない男子テニス部員は「こいつら絶対長続きする」という目で2人のことを見ていたのだった。


次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ