☆捧げ物&頂き物☆

□グリーン・トルマリン
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『始業式の日』というのは、学校が早く終わるものである。
だから、家に帰ってきた私は急いで昼食をとり、本屋へ行こうと考えた。
何かを買うわけではないが、好きな作品を眺めているだけでも幸せなのだ。

派手すぎず地味すぎず、それなりの服装に身を包んだ私は寒い外へと飛び出した。

*

家を出てから数分後、もう少し暖かい格好をしてくれば良かったなあ、などと
少し後悔が渦巻いてきた頃、聞き慣れた大きな声が私を呼んだ。
私の右側には、テニスコートへと続く階段。視線を階段へ移し、更に上へと…。

そこて見上げた先には彼がいた。
そう、菊丸英二だ。
彼とは2年生の頃から親しくしていて、今でもよく話す間柄だ。

「やっぱり菊丸くんだ! テニスの練習?」

「うん、まぁそんなとこ。
最初は一人で練習してたんだけどさ…」

口には出さないものの、明らかにうんざりといった様子の彼は
コートの方へ視線をおくりながら言葉を濁らせた。
一体どういうことなのか気になった私は、階段を一つ、また一つと駆け上がる。
ようやく彼の隣に並んだ私は、コートに君臨している集団に目を疑った。

「……あれ、氷帝の人達じゃ、え、でも何で」

「始業式に部活をしねえのは氷帝も一緒だ」

私の質問に答えたのは菊丸くんではなく、集団の中心にいた人物、跡部景吾だ。

彼を見るのは夏休みに行われた全国大会以来だ。
敵でありながら、心の底からすごいと思ったことを鮮明に覚えている。
もちろん、越前くんにも感動したのだけれど。
さっき、菊丸くんは「最初は一人で練習してたんだけどさ…」と言っていた。
つまり、後から氷帝レギュラー陣がこのコートへとやってきたということだろう。

「何でわざわざこのコートに来るかなぁ! 跡部の家にコートくらいあるでしょ!」

「あぁ…もちろんあるが。生憎、今は拡大工事中だ」

後から付け足すように「このコートを選んだのは俺様の気分だ」と言い放った彼は
何故か私の方を見た。
自意識過剰かもしれないが、じっと見つめられている気がする。
というか…。見定められてる?

上から下までとことん私を見尽くした彼は、衝撃の一言を放った。

「お前の体、スケスケだぜ…」

「…………は、はぁ?」

「あのね、あゆがちゃん。
この人ちょっとおかしいから気にしない方がいいにゃ…」

きっと、私はこの日をずっと忘れないと思う。

*

衝撃発言をした後、跡部くんは菊丸くんに試合を申し込んだ。

「ここにいる連中は普段試合をしてるヤツばっかだ」とのことで
特に断る理由もない菊丸くんは、快く試合を引き受けていた。

跡部くんの華麗な技を打ち返す菊丸くんの体はしなやかで軽やかだった。
以前、菊丸くんはアクロバティックが得意だと聞いた。
実際、今まで何度か彼の試合で
それを見てきたが、人間にあんな動きができるとは思ってもみなかった。

結果としては、菊丸くんが敗れてしまった。跡部くんに有利な持久戦になったからだ。
いくらスタミナ不足を克服したといっても、それは『すぐに疲れなくなった』だけだ。
もっともっと体力を伸ばしていくことが彼の今後の課題なのだろう。

「……ちゃん、あゆがちゃん!!」

「え、あ、えっと、何?」

「だーかーらー、この後、時間ある?」

回想の旅へと出ていた私を現実に引き戻したのは、隣に座る菊丸くんだった。
時計を見ると、あの試合が終わってから約30分ほど経っていた。
休憩をしたいと言っていた彼だが、もう十分に休むことが出来たのだろうか。

「えっと……うん。時間あるけど、何で?」

本来は本屋へ行こうとしていた私だが、特に買うものがあったわけでもない。
少し暇を持て余していただけなのだから、時間があると返答するべきだろう。

「あゆちゃんに用事があってさ……えっと、その、誕……」と、菊丸くんが何かを言いかけたその時だった。

「……なぁ、神尾。
もしかして俺達お邪魔ってやつ?」

「お前なぁ、そう思うなら大人しく帰ろうぜ……」

私の記憶が正しければ、彼等は不動峰の伊武くんと神尾くんだったはず。
菊丸くんのおかげで色々な学校のテニス部のメンバーは把握しているのだ。
まぁ、私が一方的に知っているだけなのだが。

「えっと、菊丸さん…。
深司が邪魔しちゃったみたいで、すみません」

「何、俺の所為なわけ。
俺は普通にテニスしに来ただけだろ。
大体こんなところで新年早々イチャついてるほうが悪っ…うわっ何すんだよ神尾」

「もうお前は喋るな!
じゃあ、その、お邪魔しました〜!!」

嵐のようにやってきて、嵐のように過ぎ去った彼等は一体何だったのだろうか。
独り言がすごいとは聞いていたのだが、流石にあそこまで小さな声で言われると
こちらとしては何を言っているのかわからない。
何が言いたかったのかは疑問だが、菊丸くんとの話が途中だったことに気付く。
「さっきの続きは?」という意味を込めつつも菊丸くんの方を見てみると
彼もまた私の方を見ていて、吃驚すると共に少々恥ずかしくなった。
勝手に私が戸惑っていると、彼の手には小さな箱がちょこんとのっていた。
綺麗にラッピングされたそれを私に差し出すと、彼は大きく深呼吸をして言った。

「あゆがちゃん、お誕生日おめでとう!!」

「……え、あ、え? あ、ありがとう」

「あ、あれ? 嬉しくなかったかにゃ…」

私があまりにも薄いリアクションをとってしまったからか、私を見つめる彼の瞳が
少し不安そうに揺らいだ。もちろん嬉しい。ただ、唐突すぎて驚いただけだ。

「違う、違うの。
嬉しいよ!今開けてもいいかな…?」

私が急いで訂正すると、彼はまるで自分のことのように笑ってくれた。
プレゼントをもらって嬉しいのは私なのに、私が喜んでいることに喜んでくれる
彼は本当に良い人だと思う。
私の質問に頷いた彼を確認すると、丁寧に飾られた箱を慎重に開けていく。
すると、箱の中から淡いピンクの可愛い袋が現れた。

そして袋の中には、何やら緑の石が繋がったブレスレットが入っていた。

「それね、本当は“グリーン・トルマリン”って石にしたかったんだけど…。
 本物って高くて買えないから、見立てただけ、なんだけど」

「あはは、そりゃそうだよ。
本物は買えないよね。
でも嬉しい…!ありがとう」

「うん、あゆがちゃんならそう言ってくれると思ってた」

その後菊丸くんは『グリーン・トルマリン』について詳しく話してくれた。
何でも私の誕生石だそうで、要約すると、力が溢れている石とのことだ。
疲労回復、ネガティブなエネルギーの除去、思いやりの心…などなど。
パワー全開で優しさに満ちている様子が、私にそっくりだと褒め称えてくれた。

「あ、あと、えっと…。それ、石が15個繋がってるでしょ?
 誕生日だから、ほら、15歳ってことだよん!!」

そう言った彼の口調はいつも通りだが、何故かものすごく焦っている。
そんなに早く数えてほしいのだろうか…?
自分の手首を見ると、薄く緑の煌きを放つブレスレット。
本当に綺麗だ。
繋がった石を一つ一つ大切に扱いながら数えていく。
13個目を数え終わり、次の石を手に取ったその時、気付いてしまった。
これ…14個しかない、よね。
まさか、私が間違えているのか。

そう思い、また最初から数え直そうとした時、私の手首を誰かが掴んだ。
いや、ここには私と菊丸くんしかいない。
じゃあ、掴んだのは…彼?

「……え、な、何!? ど、どうしたの」

「そ、それ! 数、足りなかったでしょ」

普通、質問をする時は語尾が上がるものだ。でも彼は明らかに語尾を下げた。
私の様子を見て「足りなかった?」と聞いているわけじゃない。
最初から足りないことを知っているような物言いに頭が混乱する。

どうして数を数えさせたのか、なぜ私の手首を掴んで離さないのか。
私が頭を悩ませていると、彼は何かを決心したように口を開いた。

「俺、あゆがちゃんのことが、好きなんだっ!!」

「…………え、な、何て」

「これが15個目。俺からの気持ち。
あゆがちゃんは、俺のこと……嫌い?」

ありえない状況に頭がついていかなくて、ただ、それでも一つわかるのは
『菊丸くんが私を好き』ということだけだ。

そして、足りなかった石の数。
全ては計算されたことだった。

私に数を数えるように言った彼が焦っていたのは、告白をするために必要な
台詞だったから。石の数を数えないと、この展開にもっていけなかったから。
謎は解けたが、私を見つめる菊丸くんの視線が突き刺さる。
私の手首を掴む彼の手から熱が伝わってきて、これまでにないくらいに熱い。
きっと顔も耳も首も真っ赤なんだろう。駄目だ、どうしよう。

……あ、そうか。私、恥ずかしいんだ。
菊丸くんのこと、好きなんだ。

ようやく自分の気持ちに気付いて、更に恥ずかしさと熱が増していく。

だけど、一人であたふたしてる場合ではないんだ。
菊丸くんが思い切って私に告白してくれたように、私はそれに答えなければならない。
自由に動かすことができる片方の手をぐっと握り締めると、ゆっくりと口を開いた。

「わ、私も、好き。
菊丸くんのことが……す、えっ、ちょっと」

「嬉しい……!
本当に、本当に、嬉しいにゃ……!!」

せっかく手首を離してくれたと思ったら、次は私を抱き締めた。
『抱きしめた』というよりは『抱き締めた』だ。
思いっきり締められている。
もちろん好きな人にそうされて嫌な気持ちはしないが、とにかく苦しい。

「菊丸くん、苦しいよ…!
嬉しいけど、苦しい……」

「あ、ご、ごめん!! 大丈夫?」

「うん、何とか。
でも、さっきも言ったけど本当に嬉しい」

私が微笑むと、彼は優しく微笑み返してくれた。
思いっきり笑った顔も、こうやって微笑む顔も、テニスをしている時の真剣な顔も
全部、全部……大好きだ。

私が喜びに浸っていると、ふいに唇にぬくもりを感じた。

「……い、今、何した?
あ、やっぱりいい! 言わなくていい!」

「んー、あゆがちゃんにキスしたね」

「言わなくていいってば…!!」

これからもこうして彼に振り回されていくのかと思うと、少し不安だ。
へらへらと笑いながら「もう1回いい?」と聞く彼に「いいよ」なんて
即答してしまうんだから、私も相当彼に溺れているようだ。



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