松 夢小説

□暴君チョロ松
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私のクラスには、"暴君"と呼ばれているものがいる。
この赤塚区では有名な「松野家六つ子」の1人、「松野チョロ松」である。

学校に来ていても、授業に出ないことが多く隣のクラスの「松野おそ松」とペアを組んで仲良く他校の不良達と喧嘩をしているらしい。
他の兄弟も、喧嘩はすることがあるらしいがずば抜けてその二人がやらかすことが多いと言う。
実際、松野と同じクラスになってちゃんと彼の顔をみたことがない。
他の兄弟を見たことがあるから、だいたいあんな顔なんだなぁということはわかるのだが。

「うちのクラスの松野と隣の松野、また他校と喧嘩したらしいぜ。
しかも相手は全滅だとよ。」

「うっわー恐ェー。」

「例の松野兄弟さ。
あの3年生の不良達ボコボコにしたらしいよ。」

「えー、あの先生もお手上げ3年を?」

「全員病院送りにしたとか。」

「よくやるねー」

クラスでは、よく松野達が喧嘩した話題がでてくる。
なんでこんなにも情報網が栄えているのかわからないが、耳にする話によれば相当喧嘩が強いんだなと思う。
怒らせたらどうなるのか、考えただけでも恐い。

「(まぁでも、直接自分と関わることはないし関係ない。)」

そう思っていたことが、まさかフラグになるとは思ってもいなかった。

「んじゃあ、今から席替えするから1人ずつくじ引いてー」

クラス内で定期的に行われる席替え。
これでハズレをひくか当たりをひくかで、授業に対するモチベーションが変わって来る大事なものだ。
1人ずつ、また1人ずつとくじを引いていく。
私は今回運が良かったのか一番後ろの席を引いた。
しかも、前の席の子が背の高い子だから寝ていても先生にバレにくい。
これは当分、楽ができる…そう思っていた。

「じゃあ、誰か休んでいる松野の分もひいてくれ。」

クラスの半分がくじを引き終わると、先生がそう言いだしたので、クラスの男子が松野の分の席のくじをひく。
男子が番号を読み上げると、私は耳を疑った。
私がひいた番号の隣の席の番号であったからだ。
つまり、私の隣の席は松野チョロ松であるということになる。
今まで、ずっと席が離れていたから全然気になっていなかったが、いざ隣の席となると一抹の不安を感じる。

「…(まさかね)。」

よくよく考えれば、今まで全然学校に来てないのだから、席が隣になったからといって変な心配をする必要がない。
たかが、2、3カ月くらい間だし。
そんな運よくひょっこりと登校してくるワケがない。
そう自分に大丈夫だと暗示をかけて机の移動作業に入った。

そして、席替えの日から2週間たった日。
友達と登校すると、やはり今日も松野は登校していない。
あの時の心配はなんだったのか。
やっぱりあるのはただの人のいない机と椅子だけ。
このまま、今までどおりの平和な日常が続くことに安心感を抱いていたが、そんなものはやはり壊れてしまうものなのだとすぐ知ることになった。
…クラスは、朝から男子も女子も昨日見たテレビの話題だとか、おもしろおかしくふざけあったりと和気あいあいとした、でも少し騒がしいそんな雰囲気で包まれていた。

教室に生徒が入って来ると、皆は「おはよー」と言って何気ない挨拶を交わす。
だが、そんな何気ない日常の風景はたったひとりの登校によってブチ壊れたのだ。
ガラガラっと教室のドアを開ける音に、クラスの何人かがドアへと視線をずらす。
自分の友達であったら「おはよう」と声をかけるためだからだ。
だが、ドアへと視線をずらした生徒は目を大きく見開いて口を閉じる。
おかしいな、と思った他の生徒も口を次々と閉じる。
もちろん、私もその私の友達もだ。
というか、私は目を見開いて口を閉じるどころか寒気と2週間前の不安が身体をめぐった。

「……」

クラスみんなの視線は、久しぶりに登校して気た松野チョロ松へと釘づけとなっていた。
 
さっきまであれだけ騒がしかった教室が、一気に静まり返った。
クラス全員の視線が松野チョロ松に。
本人は、それが気に食わなかったのかどうかはわからないが、「何見てんだよ」とでもいうような顔をしていた。
このまま静寂が続いていればいつ機嫌を損ねて松野が暴れ出すか時間の問題、ということに気付いたクラスのお笑い担当的な男子が自分グループの仲間にバカ話を吹っかけた。
それを合図だとでもいうように、次々と松野から視線をはずし、自分達の話していた話題に戻る。
だが、さっきまでの活気の良い騒がしさはなかった。

私は友達が話してくれているのにもかかわらず、そんなことは耳を通り抜けてしまっていた。
だって、あの「暴君」が登校してきてしまったのだから。

松野は、席替えをしたことを気付いたようで近くにいた男子生徒に、「俺の席どこ」と尋ねるとその男子生徒はビクッとなって「あそこです!!」と震え混じりの声で席を指差した。
その指差した方向へと、つまり私の隣の席へと松野は移動してきた。
乱暴にイスを引くと、ドスンと足を組んで座る。
見る所、カバンを持ってきていない。
こいつは何をしに学校に来てんだよと、親しい仲ならば言ってやりたい。

「じゃ、私達自分の席戻るわ」

「え?!まって」

私の友達は、逃げるように自分達の席へ戻る。
恐らく、松野と関わりたくないから。
私はどうしたらいいのさ・・。
チラっと、松野の方へ目を向けると鋭い三白眼と目が合う。

「(ヤバイ目合った!)」

すごく視線を感じる。
絶対見てる、絶対こっち見てるよ…どうすんだよ…。
もはや逃げ場を失った逃走犯の気分だった。
気を紛らわすために、携帯をとりだしてクラスの友達に助けを求めるメールをすると、「頑張れ」の一言のみしか帰ってはこなかった。

白状者め。一生恨むぞ。

「おーい、チョロ松〜」

「…おそ松。」

「暇だから来た!
屋上行こうぜ!」

「行く。」

松野おそ松がチョロ松をさそいに来たのだ。
この時ばかりは、松野おそ松を神様だと思えた。
それは、きっとクラスのみんなも思っているだろう。
松野チョロ松は、立ちあがっておそ松に着いて行った。
そのときのクラス全員の安堵した顔を今でも私は忘れない。
「よかったぁ」と思うのもつかの間のことだということを私は知りもしなかった。

その日の昼休み、私は日直だったので先生に頼まれたプリントをクラスまで運んでいた。
プリント自体、量も重さもなかった。
だが、歩きながら今日の恐怖を思い出す。
もうあんな思いしたくないなんて思いながらも憂鬱気分で歩いていた。
すると、目をよく見ていなかった私が悪いのだがすぐ目の前にいた人物の背中にぶつかってしまったのだ。
それ自体は、特に大きい問題ではなかった。
ただ、そのぶつかった人物に大きい問題があったのだ。

「あ、すみませ、「あ゛?」」

後ろ姿だからわからなかったが、顔を見てあやるとぶつかった人物は松野チョロ松だと気づいた。
今朝の鋭い三白眼が私に突き刺さる。
私は人生の終わりを悟った。

「(と、東京湾に沈められる…)」

そう思っていると、耳をうたがう言葉が聞こえた。

「…ごめん」

「え?」

顔をあげると、すでに松野チョロ松は廊下をスタスタと歩いていた。
こっちは、殺されると思っていたが「ごめん」という松野チョロ松の声が私の頭で響いていた。

「(ごめんって謝れたのか。
こっちが100%悪いのに…あの暴君に謝れられた。)」

 
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