松 夢小説
□色松と恐怖体験
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「ハァ…ハァ」
トイレの個室で出すものを出した後、胃液臭い口を水でゆすいでから、持って来ていたアメ玉を口に含んだ。
コロコロとアメ玉を口で転がしながら、口直しをする。
トイレで、しかも飲食店でアメ玉を食べることは不本意だが、はやく口の中で溶かそうとガリガリと噛む。
そして、冷静になってみて考える。
なんで、私だけがあの料理をみて吐きそうになったのかを。
私は牛肉が嫌いだ。
その理由は、乳臭い味であって嫌なクセのある味だからだ。
カラ松兄さんもクセのある味だとあの料理に対して言っていた。
でも、私は牛丼だとか牛肉を使った料理を目の前にしただけで吐きそうになったことは一度もない。
ただたんに、私の身体が変なだけなんだろうか。
それとも、変な肉使ってたりするのだろうか。
「まっさか、ね。」
バカバカしい自分の考えを流して、トイレから出た時だ。
ここのトイレは厨房と近い距離にあったのだ。
きっとこのレストランの人達もこのトイレを使うのだろう。
行きは、トイレに行くことだけに専念してて必死だったものだから気付かなかった。
「変な肉…いや、まさか」
先ほどまでの自分の考えが嫌なことばかり連想させる。
それがバカバカしいとわかっていてもだ。
興味本位で、ちょっとした好奇心でその厨房に近づいてみる。
人の声は一切しないが、複数人のパタパタとした忙しそうな足音がしていた。
厨房の扉に少しすき間があったので、近づいて目をのぞかせる。
見ると、本当に忙しそうに複数人のシェフが動いていた。
「(兄さん達おかわりでもしたのかな?)」
料理を運び終わったのにまだシェフ達が料理を作ってるということは新しい客がきて注文したか、兄さん達がおかわりに注文したのか・・ぐらいしか思いつかない。
そう思って、ふと1人のシェフが大きな冷蔵庫から何かをとりだそうとしていたのが見える。
どんな肉をだすのだろうと思っていると、何やら肉ではないものを手に持っていた。
手際が早すぎて、どんな食べ物なのかまでは見えなかったが、肉には見えなかった。
「(野菜…?)」
そのシェフは、手に持っていた食べ物をまな板に乱暴におく。
なんだろうと、まな板の方に目を向けると私は一瞬にして背筋が凍りつき、目を見開いた。
シェフがまな板の上に置いたものは、「人の腕」であったからだ。
白く綺麗なその腕は、肘から手までのモノだった。
シェフは包丁を持って野菜を切るように、その腕を素早くザクザクと切り裂いていく。
あまりにもグロテスクなものを突然目の当たりしてしまったので私は最後まで見ていられなかった。
というか、あんなもの最後まで見れていられる方がおかしい。
先ほどまでの吐き気がまた襲ってきた。
でも、今はトイレに行ってる暇はなかった。
迫りくる吐き気に耐えながらも、急いで兄さんの元へと走った。
「カラ松兄さん!一松兄さん!」
まだテーブルに座っている2人の名前を呼ぶが、
「っ!?」
兄さん達は先ほどの料理を既に5皿6皿と次々にその料理の肉をこれでもかというほど、くらいつくように食べていたのだ。
さっきまで私のことを心配してくれていた2人なのかと思うほどの食いっぷりだった。
「に、兄さん?」」
「ん?あぁ、名前か。
大丈夫だったか?」
とても心配してるようには思えない食いっぷりで肉に喰らいついているカラ松兄さんに、私の心情が余裕であるならば何があったんだって聞きたいくらいだった。
「ねぇカラ松兄さんもう此処でようよ!
もう十分食べたでしょ!?」
カラ松兄さんの肩をゆさゆさと揺らす。
それでも私に見向きもしないカラ松兄さんを見て私は何も口に出せなかったがめげずに一松兄さんにも声をかける。
「ねぇ、一松兄さん…」
いつもはあまりガっつかない一松兄さんも、この料理にはガっついている。
まずその時点で普段では絶対ありえないことなのだ。
「一松兄さんってば!」
食べる手を止めない一松兄さんに、私の怒りと焦りは頂点にたち、勢いよく一松兄さんとカラ松兄さんが食らいついていた料理の皿を両手で二つの皿を吹っ飛ばした。
パリーンという皿の割れた音がしたが、そんなこと気にしてる暇なんてない。
その皿の割れた音にハっとしたのか、カラ松兄さんと一松兄さんは、ほぼ同時に私の方を向いた。
「あれ、名前…いつ戻ったの?」
「あれから大丈夫だったか、名前」
その2人の言葉を聞いて、私は深く息を吐いた。
よかったという意味で、安堵の意味で。
「なっ!
いつのまにかこんなに食っていたのか…」
「これお金足りないんじゃね?」
2人の様子からして、無意識で料理を口に運んでいたらしい。
でも詳細を聞いている余裕はない。
「ねぇ、もう帰ろうよ!
私もう此処にいたくない!
此処本当にヤバイよ!」
私はカラ松兄さんにしがみついて必死に説得をする。
そんな私を困ったようにカラ松兄さんは見つめてくる。
「名前、どうしたんだ?」
「だからもう出ようって!!」
「しかし、まだこの山の出口を…」
「そんなもの聞かなくていいよ!
お願いだからでよっつってんじゃん!!
お金はテーブルに置いておけばいいでしょ?!」
私があまりにもヒステリックに叫ぶものだから、一松兄さんが察してくれたのか「じゃあ、出よう」と言ってくれた。
カラ松兄さんは、私がなんでそんなに叫んでいるのかがわからない、と言う納得のいかない顔をしていたが「わかった」と了承してくれた。
あぁ、これで帰れる。
これで死なずに済むんだ、と私はさっきよりも冷静になり始めていた。
が、
「どうかなされましたか」
私の怒鳴り声と、皿の割れた音で何事かとウェイトレスが近づいてくる。
だが、その表情は気持ち悪いくらいににこやかであった。
「料理は、お気に召しましたでしょうか?」
「あぁ、うまかったぞ。」
「まぁ、うまかったんじゃない?」
悠長に感想を言っている兄達の腕を、私は無理矢理掴んで力強く引っ張る。
2人はよろめくが、私はそんなこと気にしていられなかった。
「ちょ、おい引っ張るな!」
「名前、なんかお前変だぞ」
「変ってこの店の方がよっぽど変だよ!」
「何を言うんだ?
あぁ、もしかして自分が料理を食べられなかったからって拗ねているのか?
可愛いシスターめ。」
「やはり、そちらのお嬢さんはお気に召しませんでしたか。」
「はぁ?!何言ってんの!!」
「おい名前・・本当どうしたんだ?」
「随分と取り乱しているようで。
見てはいけないものでも、見ましたか?」
人の腕が料理として扱われていることを黙っておこうと思っていたが、相手側にはすでに見透かされていたようだった。
カラ松兄さん達には悪いが、ここで問い詰めるしかない。
「見てはいけないものって…。
この料理の肉ってなんなの?」
「お嬢さんにはもうこの料理の肉がどんな肉なのかをご存じのハズですよね?
先ほど、厨房を見ておられましたし。」
信じたくない。
もう確信はしてるのに、その言葉を口にだしたらカラ松兄さん達がどんな反応するのかが怖くて仕方がない。
だってもうその料理を口にしてしまっているのだから。
「名前、この肉がなんの肉だか知ってんの?」
一松兄さんが言った。
その言葉の後に、「だったら教えて」と付け足す。
一松兄さんは、自分達が食べた肉料理がなんの肉を使っているのか色々察しが付いているのかどうなのか今の私にはわからなかった。
「私ね、さっきトイレから出た後厨房をたまたま見たの。
そしたら、シェフの人が冷蔵庫から………をだして当たり前のように調理していたの。」
「ん、何をだしたんだ?
よく聞こえなかったのだが…」
ハッキリ口にだせるわけがないじゃんか。
けど本当のことを言いたい、けど口が思うように動かない。
私は震えた声で懸命に口を開いた。
「腕だよ…」