松 夢小説

□一松が変わった理由
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そして、一松にとってあまり喜ばしくないニュースが耳に入ったのだ。
「梅竹が、名前と付き合い始めた」という噂であった。
相手がモテるだけに、その噂はすぐにクラス、学年へと流れ始めた。

「一松聞いてよ!
梅竹くんがね、この前の委員会の帰りに付き合わないかって言ってくれたんだよ。」

「すごいね。おめでとう。
やっぱり名前は成功すると思ってたよ。」

「一松すごいね、予言したね。
ありがとう、一松頑張ってって言ってくれたから叶ったのかもね。」

「そうだったら嬉しいよ。」

本当は全然嬉しくない。
むしろ、憎くて悔しくて悲しくて自分が哀れに思えた。
こんなに近い存在に好きな人がいるのに他の男にヒョイってとられるなんて、と。
けど、自分は真面目だけの取り柄の世にも珍しい「六つ子の四男」という存在にすぎないのだ。
これといった特技もない。

そんな自分みたいなクズが、モテる男なんかに勝るわけはないんだと。

そんな気持ちが一松を徐々に悩ませていったのだ。


そして、ある日のこと。
演劇部であるカラ松は部室に向かうために、荷物を持って廊下を歩いていた。
そこで、不自然なものを目撃したのだ。

「ねぇ、早く買ってきてくんない?」

「でも、私…梅竹くんからお金貰ってない…」

「は?
ふっつー俺の彼女ならお金は自分でだすでだろ。」

「で、でも私お金今なくて…」

「お金持ってねぇとか貧乏人かよ。」

「ご、ごめん」

「もういいわ、お前先帰ってて。」

「え、でも今日は一緒に帰ってくれるって。」

「俺まだクラスのヤツと話してっからさ。
また明日な。」

「う、うん…」

名前が、なぜか彼氏である梅竹に冷たくされ、しかもパシられかけている所を見たのだ。
カラ松は、中3で名前と同じクラスだったために六つ子の中で、一松の次によく話す。
だから廊下ですれ違って声をかけるのは不思議ではなかった。
...さすがに、彼女をもったことのないカラ松でさえ、普通の彼氏彼女のやりとりではないな、と思った。
カラ松は、名前が梅竹のいる教室から出た後に、すぐに駆けよって声をかけたのだ。


「大丈夫か?」

「あっ!カラ松!
そっかカラ松演劇部か!」

「名前、無理してるんじゃないのか。」

「え、なんで?」

「無理に付き合おうとしてるんじゃないのか。
梅竹ってやつと。」

「今日はイライラしてるんだよ。
普段はちゃんと優しいし…」

「でも、」

「心配してくれてありがとね。
バスの時間だからもう行くね。
私は大丈夫だから。
じゃ、明日ね!」

そう言うと、名前は小走りでカラ松の元を去ったのだ。
無理矢理止めて、話を割り出すこともカラ松にはできないことではなかったが、無理に止めて話を聞いてもダメなのではないか、と考えカラ松は無言で名前の背を見ていた。

「…あんまり元気そうな背中ではないな。」

それから1週間後に、名前はたまたま学校の玄関で一松と鉢合わせになる。
梅竹と名前が付き合い始めてからというもの、クラスでは普段通り会話はするものの、一松は名前と一緒に下校することはなかった。
だから、こんなことは久しぶりであった。

「…彼氏は?」

「うーん、今日は都合が悪いらしくてね。」

「じゃあ…その、久しぶりに一緒に帰る?」

「私も今同じこと言おうとしてた。」

その一言で、一松の心をは癒された。
もしも、自分と名前の関係が恋人関係であればどんなに幸せなものであるのか。
そんなことを考えつつも、頭の中にたまっていた話題をふんだんに名前にぶつけた。
自分は、「クズ」であるから彼女には一生届かないし、そーゆう関係にはなれない。

「そういえば、この先の路地裏でメス猫が子猫を産んでさ…観に行かない?」

「行きたい!」

嗚呼、幸せだ。
今日だけじゃなくて、普段からずっとこうやって彼女とすごしたい。
先日に、カラ松に名前のことを聞いた時「ふざけんな」と思った。
自分がモテるからって調子乗ってんなよ、とポンポンと梅竹に対する怒りで頭がいっぱいになった。

今もそうである。

もし、ここで
「アイツなんてやめて、俺にしなよ」
なんて言えればどれだけ良いことか。
まぁ、そんなことがハッキリ言えてれば友達だって恋人だってとっくにできているってことは真面目である一松は自覚している。

それもこれも、僕がクズであるせいだ。


「一松此処?」

「そう。
あ、でも…たまにガラの悪い奴いるから。」

「え。そうなの?」

「たまに、だから…。
でも気をつけて。」

「猫もお引っ越しさせないと危ないね。」

そう名前が言って路地裏に進んでいくと、その後ろにいた一松が、
「物置のような、空き地のような場所があるんだ。」と説明する。
「そこにたむろってるヤツが多いから、その先は行かないようにね。」と注意する。
それからすぐ、名前はピタっと歩くのをやめたのだ。

ちょうど、その空き地のような場所がある近くで。

「どうしたの?」

「……」

一松が尋ねても、名前はその場所を一点で見つめて無言であった。
ガラの悪い奴がいたのか、と心配してその空き地を除くと、一松は目を見開いた。
あの女子にモテモテで、名前の彼氏である名前が、いかにもガラの悪そうな同じ学校の生徒と仲よさそうに話していたのだ。
それも、煙草を吸いながらだ。
そして、こんな会話が2人の耳に入ってきた。

「お前さー。
また"新しい彼女"つくったわけ?」

「名前のこと?ハハ、あの地味女ね。
マジで良い財布だわ。
なんでも買ってくれるし、パシりも普通にしてくれるし..。
え?他の彼女?普通に俺5,6人はキープしてるけどね。
そのうちの一人にすぎないよ、アイツは。
でも一番使えるとは思ってるよ、まぁ俺の彼女の中では"一番ブス"だけど。」

「………」

「アイツ…!」

「一松かえろ」

「帰るって…でも、」

「お願い」

名前は一松に背を向けている状態ではあったが、身体が震えて涙声であったために、名前が泣いているということはすぐに理解できた。
学校では、優しくてモテモテで自分の憧れで好きでやっと付き合えて恋人関係になった男に、そう思われていただなんて、というショックは大きいだろう。
自分の他に彼女が何人もいる挙句に、一番のブス扱いまでされ…これで逆に泣くなという方がおかしい。

「名前、」

「い、一松」

名前がその場から離れようと、後ずさると足元にあった空の空き缶にあたり、音をだしてしまった。
その音は、梅竹達にも聞こえていた。
そこでようやく、自分達の会話を一松と名前に聞かれていること、見られていることを知ったのだ。
梅竹は、そのことを良いことに面白おかしく鼻で笑いながら、


「へ?聞いてたの??
やだなぁ、今のは本当のこと行っただけだよ。
まぁ、そろそろ飽きてきたからさこれを機会に俺ら別れようよ。
ってか隣にいるのってあの六つ子の松野?
すっげー、ほんとに俺のクラスの松野とソックリだわ。

そんなクズみたいな男といるからお前も地味でクズみたいな女になるんだよ」

クズって…クズはどっちだ。
たしかに僕はクズだ。
でも、僕がずっとずっと好きだった子を虜にして、それが、僕と違って非のうちどころのない男だから僕は安心して名前のことを応援したんだ。
そして、名前は無事にお前と付き合い始めてすごく幸せそうだったから僕も悔しかったけど幸せだった。
なのに名前のことクズだとか

ブスだとか

財布だとか

飽きただとか

別れようとか

何勝手なこと言ってんだよ。

ふざけるのもいい加減にしろよ。

嗚呼腹立つ

でも、これを望んだのは僕だった。

名前と梅竹の関係が、今すぐにでも「ブチ壊れてほしい」と思っていたのは僕だ。
結局僕も最低男と変わらないって事。
今まで僕は何をしてきたんだろう。
今まで真面目してきて、名前に振り向いてもらおうと必死で相談にのったり応援したり。

馬鹿らしい。

結局、どんなに真面目にしたって僕がクズ人間だってことは変わりはない。
そこで、ふと…おそ松兄さんの言葉がチラつく。

「お前も変わった方が良いよ。」

もう真面目な俺はいらない。
必要ない。
もう俺は、完璧なクズになったから。
結局、この世にはクズばっかってこと。
どこかで聞いた、

"この世にいるの要るのは良い子だけ"
とか…まさにそうだな。

「聞いてんのかよ、クズ松よぉ?」

「クズに、クズって…」

「あぁ?」

一松は右拳に力を渾身に込めて、憎たらしい相手に重い一撃をくらわした。
鈍くて痛々しい音と、相手の呻き声が響き渡ったかと思えば次に真面目な一松らしくない、ドスの聞いた低い声が響いた。

「クズにクズって言われる筋はねぇっつってんだよ!!!」

「いっでぇ!!
ってんめぇ何しやがっ」

「松竹梅って…知ってるよな?
梅竹"の分財で"松"に勝とうなんて思ってんじゃねぇぞ」

一松に殴られた梅竹は激しく地面にたたきつけられると、5秒間くらいの沈黙。
先ほどまで泣いていた名前も涙を止めて目を見開いて一松と梅竹の光景を見ていた。
そんな沈黙を破ったのは、動揺していたが周りにいた梅竹とつるんでいた奴らが一松に「ふざけんな」と一斉に殴りかかる。
その瞬間、一松は「フヒッ」と笑みをこぼした。
普段の一松とは考えもつかないくらい、見事な殴りっぷりと蹴りっぷりで、ガラの悪い集団は一松によって瀕死にさせられていた。
それをいいことに、一松はまだ地面で埋めている梅竹に向かって何度も何度も何度も踏みつけたり蹴ったりを繰り返していた。
それも、彼の一番大切にしている顔に向かってだ。

「い・・いち、一松・・?」

名前は、あまりの一松の急変に驚愕し名前を呼んだが、興奮状態にある一松の耳には届きもしなかった。
あまりにも一松の暴行が激しいために、名前は恐怖しか抱けなかった。
このままでは相手側が死んでしまうかもしれない。
でも、今の一松に声をかけても聞いてくれやしない。
彼のことを止めることだってできやしない。

「ゆ、許してくれよ!!
あ、謝るって、マジで!」

「あぁ゛!?
許して"ください"だろうがよぉ?!」

「一松っ!!」

生まれて初めてこんなにデカい声を出したかもしれないと言うほどの声量で彼の名前を呼んだ。
その瞬間、彼の身体はピタっと止まった。
そしてゆっくりとこちらに向かって歩き出した。

それと隙に、殴られていた梅竹達は転びそうになりながらも必死にその場から逃走をした。
だが今はそれよりも一松だ。

ダルそうに片手で髪をクシャとさせて、態勢も猫背になっている。
名前は、一瞬その変わりようにビクっとしたがすぐに落ちつく。
一松は一松だ。
それはなんも変わっちゃいない。
一松が自分の目の前に来ると、思い切ってもう一度名前を呼んでみる。

「・・一松?」

「ごめん。
俺はクズだからさ。
こんなことしかできない。」

「一松はクズなんかじゃないよ。」

「俺はクズ。
だってアンタとコイツの関係、今すぐにでもブチ壊れればいいのにってずっと思ってたんだた。
それなのにお前は俺をクズじゃないって言えんのかよ。」

「それってさ、梅竹くんのこと嫌いだったから?」

「そう」

「・・・私のことも嫌いだった?」

「違う。絶対ない。
でも、俺のこんな裏の性格みて驚いただろ?
ひいただろ?
笑えば?蔑めば?気持ち悪がえば?
こんな俺は嫌いって言えば?
ッハ、お好きにどうぞ・・」

「私は一松のこと嫌いにならないよ。」

「こんな俺でも?
もうさっきみたいな真面目でおとなしい俺じゃないのに?」

「いや・・うん。
あまりに急すぎてビックリしたけど一松は一松だからね。
嫌いになるわけないし、むしろ好きになった。」

「何それ、意味わか……はぁ!?」

「ごめん、都合よすぎるかもしれないんだけどさ。
やっぱり私一松のこと好き。
本当は、一松のことも梅竹くんのこともどっちも好きでね。
でも中々一松に言いだせなくって。
…ごめんなさい。」

「い、いみわかんな…つーかホント都合よすぎ…なんで謝ってんの…。」

「ごめ「まぁ、俺も名前のこと…そう思ってたし」

「ん?」

「帰る」

「あ、梅竹くんたちは…って逃げたかさすがに」

「別に自業自得。
チクったらもう一回しめるから。」

「い、いやそーゆう問題じゃなくない!?」

「さっさと歩いて。
送るから。」

そう言われた名前は、急いで一松の後ろについていく。
送っていくと言っても、名前の家までの道のりまでは、まだ先である。
…久々の一緒の下校は、なんとも気まづいものになりそうだ。


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