小部屋の片隅で
□美しい墓
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雲が1つも覆い被さる事のない
美しい空
その下に静かに佇む白い石
周囲には自然の息吹を受けた草花と仲間が添えた美しい花々
中には雑草と呼べるものもあるが、それはそれで彼は喜ぶだろう。
その白い石の前に、一人の軍人が立ち尽くしていた。
青い布に包まれた手で、白い石に刻み込まれた名を辿る。
一文字一文字
何かを確かめるかのように。
何を確めているか、自分でも解らないが、滑らさずにはいられなかった。
指を更に滑らせていくと、カサリと石に優しくかけられた花輪が触れる。
誰が作り、誰が置いたかは知らない。
しかし、彼にはこの華やかな白い花が、重たい勲章よりも似合う。と男はクスリと笑った。
「主役がこのような所で…寝ている場合ですか…?」
彼がこの場に居ないと知っていても
彼が答えるはずないと知っていても
答えを求めた所で、誰も答えてはくれないと知っていても
男は全てを知りながらも
悲しいくらい優しく笑う。
こんなに空が青くて
こんなに暖かい
あなたが守った光が降り注ぎ
あなたが好きだと微笑んでいた
あの優しい旋律が響いて
私もここに居るのに
「─────…また私を一人にするんですか?」
花に囲まれた暖かな場所
彼が好きだった旋律が響く
安らかな眠りを贈るために選ばれた
暖かく孤独な場所
静かに目を閉じ、男は彼を瞼に描く。
名前を呼ばれると笑いながら近寄ってきて
幸せそうに笑うのだ。
すっと目を開け、哀しみの色濃く滲む赤い目で石を見る。
そして、髪をかきあげるかのように花輪に指を通し、唇を石に刻む。
髪をあげるのはベールを上げる為
口付けは永遠の愛を誓う為
「…死が二人を別つまで
共に歩み続けると誓いますか…」
進む先に道などあるわけもなく。
誓う言葉も彼には届かないが。
誓いの言葉を問わざるえなかったのは自分のエゴ。
誓わなければ、ただの想い出になりそうで。
──独りで逝かないで──
これは誰の言葉だったか。
男は花輪を手に取り、静かに空へと手放した。
高く高く舞い上がり、男の手が届かない場所まで離れていく。
「…さようなら―――――」
そして、その行き先を知るよりも早く
美しい墓
それに背を向けて歩き出した。
───…例えこの先に進む道が無くても
例えこの先に彼が居なくても…───
end