小説

□君といた季節
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ーーーーーーーーーー








ーーーー病室に入り

一番に目に入ったのは………





酸素マスクをつけ

たくさんの管がその小さな身体に
入り込み

医療機械に囲まれて
ベッドに横たわっている
ベクの姿。










ーーーー嘘………




…………

…………なんで……



こんなにも……










「ベク……」



俺の独り言かどうかも分からないほどの
小さな呼びかけに

睫毛を揺らし
ベクがそっと瞳を開いた。





「…え……

チャニョ…リ……」



ベクの酸素マスクの中で喋る声が
耳に響く。





「なんで……」



「喋らなくていい」




………聞きたいことも

言いたいことも

山ほどある………。



でも

今、この場で
ベクの口から何を聞いても

俺は理解できないだろう。


それに
酸素マスクの中で喋らせて
更に苦しくさせたくない。






ーーーーーーーー








「……つまり……


肺癌…ですか…

………末期の…………」






主治医に聞いた。






……ベクの
"もうすぐ治る病気"は




ーーーー肺ガン。





肺の中いっぱいに癌細胞が広がり
呼吸器や肺機能が
酷く壊れかけているーーー


しかも…本人の意志で
本格治療を始めなかった為、
癌細胞がリンパ管に流れ込み…

既に
全身に転移しているのだという。



状態は……最悪だ。








『この状況では
長くもっても一ヶ月有るか無いか』












…………ふざけるな。




ふざけんなよ。







ベクが……いなくなる…


とか……


死ぬ…とか………





何?




もう……涙すら…



流すことを忘れるくらい…


頭の中真っ白で



悲しくて、悔しくて………



何も知らなかった自分が


憎くて………






俺は今まで


ベクの何を見てきたんだよ………













おぼつかない足取りで
病室に戻れば


酸素マスクを外し
ベクがベッドに座って俺を待っていた。




「ベク…!?マスク…!!」




「苦しい時にすればいいものだから…
今は大丈夫!」





何が…"大丈夫"だよ…………






声が
か細くなっているのが
ハッキリとわかる。







「あっ!
ギター持ってきてくれたんだ!!
ありがとう!

…でも僕、たぶんもう
二度と歌えないしなぁ!」





…無理やり笑顔を作っている。







「聞いたでしょ…?


…僕の身体……もう
ボロボロなんだぁっ…



そのうち何にもね、
機能しなくなるんだよ?



声も…出せなくなるんだって


だから…チャニョリ
ごめんね。

約束、果たせな…」




ーーーーベクが話し終わる前に
ベクをギュッと…強く

抱きしめた……。





「!!?…チャニョ…」






…初めて、ベクを抱きしめた。


か細いだろうと思っていた身体は
もっと細かった。




こんな小さな身体で

身体中に
大病を抱えていることを
考えるだけで


胸が熱くなった。
泣きそうになった。







「なんで…

俺に何も言ってくれなかったの………」






抱きしめたまま
ベクに問う。






「…言えなかった。
言いたくなかった……。



……本当はね…?
チャニョリに会ってから
少し過ぎた時に…

末期癌ってハッキリ解って
入院…勧められた。



でも僕……

あんなにドキドキしたの、
初めてだった。



今日チャニョリが来てくれるかもって
ワクワクして………


僕なんかに会いに来てくれる人
初めてで……



……何も壊したくなかった。

できるだけ長く
チャニョリを待っていたかった。



あのベランダで待つことも…

チャニョリが
桜の道を走って来る姿も……


大好きなの……」







ーーーー俺の涙が

ベクの髪を濡らす。





「バカ………」






本当は
今すぐにでも

"好きだ"と……

愛してると………伝えたい。





でも、これ以上……

ベクに負担をかけろと……?





ーーーーーできない。





どんなに愛していても

伝えれば…ベクが苦しむ。


耐えられない。










「…….頑張れよ…ベク……


そんな…医者の言ったことに
惑わされんなよ…


ベクの命は…
ベクのものだろ……?




春になったらさ…
絶対あの桜の道…一緒に歩こうな……?


ギター持ってって…
歌いに行こう……」








ベクの無理に作っていた笑顔からも
涙が溢れていた………。









「………うん…


…………約束…」













ーーーーーーーーーーー








…毎日……ベクの病室へ行き



相変わらずたくさんの医療機器に
囲まれたベクの
綺麗で小さな手を……

だだ握って……

横に付き添う。









日に日に
……衰弱していくのがわかる。





今ではもう、
歩くこともできない。




この間まで
あんなに楽しそうに

あのベランダで
話をしていたのにーーー………











……どうしてベクなんだよ



こんなにもたくさんの
辛い仕打ちを受けて

それでも笑顔で生きてきた


こんなに真っ直ぐなベクを……



なんでもっと苦しめる…………?





もう、
本当にどうすることもできない……?




ただ…死ぬのを待つしかない………?






主治医に訪ねても


状態が悪過ぎて手立てが無い

抗癌剤を打ったとしても
髪が抜けてしまうだけだと



……そう言われ






もう…ただこうやって


手を握って


大丈夫だと、頑張れと、


ありきたりな言葉を
かけてやる事しかできない。










「…チャニョリ………

泣いてるの……?」





眠っていると思っていたベクが

酸素マスクの中で
小さく呟いた。







「僕、頑張るから……

約束…守れるように
頑張るから………


泣かないで…
……ね…?」







俺に優しい笑顔を見せる。






一番苦しくて辛いのはベクなのに

……俺は何をやってるんだろう







「ーーー俺……ベクのために
何ができる……?

何したらいい…?
俺、もう…わからない…」










「………僕の側にいて…」







ベクがまた
小さく微笑む。




「チャニョリが側にいてくれたら……
それだけでいいから……」






……俺はただ

ギュッと
ベクの手を握った。



ベクは瞳を閉じた。





部屋に響くのは…



心拍間隔を示す音と

ベクの小さく弱った呼吸音……。
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