小説

□君といた季節
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高校二年冬ーーーーー。





「お前こっちから帰らねぇの」



「ああ、
いつも向こうの道通って帰るから」





友達に別れを告げて歩き出す。









「あのっ…チャニョル先輩っ…」






待ち伏せでもしていたのだろうか……


同じ高校の女子生徒が
手に大きな袋を持って立っている。





「何……?」




「あのっ…私っ…
先輩のことが好きなんですっ…

これ、マフラーです
受けとってくださいっ…」







一生懸命
俺に気持ちを
伝えようとしているのが分かる。


性格も良さそうで
顔も可愛い。

きっとタオルをマフラーみたいに
首に巻いてるだけの俺を見て
作ってくれたんだろう。





ーーーーーーそれでも俺は



「…ごめん、俺
今そんな気持ちないんだ」





断って足早に歩き出した。







ーーーーーーーー






桜の木が両傍に整然と並ぶ道に出る。




桜の木は、葉一枚ないが
まだ先の春にむけて
硬い芽をいくつかつけていた。




腕時計に目をやると
pm5:28……



桜の木の道を一気に駆け抜ける。




何故俺が家への道を遠回りするのか

何故女の子の気持ちに応えないのか

何故この桜の道を通るのか……









桜の道を抜けた先にあるのは

一件の家。




二階建ての洋風で小さな家。







pm5:30ーーーーー。





二階のベランダに
現れていたのは……

一人の青年。







夕焼けの中、
もの寂しそうな表情で
空を見上げている。




白い肌に細い身体。

空を見上げる瞳には
秘めた想いが
込められているように見える。







……今まで付き合ってきたのは
もちろん女の子。


男に惹かれたことなんか
過去に一度もない。







のに……





俺はこの青年に恋をしてしまった。


自分でも信じられない。






いつかの帰り道に
偶然この家の前を通り


午後5時30分……

こうやって
空を見上げている彼を見かけたのが
全ての始まりだった。









「おーい!ベク!」




「…チャニョリ…待ってたよ!」




二階のベランダから

可愛らしい笑顔で
俺に言う。






「……あがってく?」



「もちろん!」






ーーーーーーーー






数ヶ月前から

暇さえあれば訪れて


こうやって
先ほどのベランダにある
小さなベンチに二人で座って
話をする。




「チャニョリ、今日も夕焼け
すごくキレイでしょ?」






ーーーこの青年の名はベクヒョン。




この小さな家に
ひとりの使用人と住んでいて

俺と同い年だ。





彼には今、一緒に住む親族がいない。


両親はとうの昔に離婚し
父親の顔も知らず、

母親は新しい男を見つけ

ある理由から
ベクをここへ置いて
どこかへ逃げてしまった。


他の親戚となどとは
会った事すらない。




………それでも

明るく振る舞うベクは
本当に綺麗だ。




ベクは……
俺が恋心を持っていることを
まだ知らない……。











「なあ、また少し痩せた?」



「ええっ…?そうかなぁ
ちゃんと食べてるんだけどなぁ」





「それって……

……病気のせいなの……?」







ーーーーーそう……



"ある理由"とは、

ベクが病気を抱えているということ。



詳しくは俺も知らないけど……


病気のベクを重荷に思った母親が
ベクを捨てて
逃げてしまったらしい。




その病気が原因で

ベクは今、学校にも行けていない。

こうして
家で療養中なのだという。






「ーーーー違うよ
病気のせいじゃないよ?

……普通そんな
痩せてくような酷い病気なら…
家で療養とかしないでしょ?」




「それはそうだけど……」




「僕の病気は
もうちょっとで治るからっ!

平気だよ?…心配しないで」





まっすぐな瞳でそんな事言われたら
…黙って頷くしかない。



ベクが微笑む。







ーーー白い肌、薄い唇
綺麗な手、サラサラな髪……




相手は男…男なのに


俺はベクの全てが大好きだった。








「…桜の木
ちっちゃい芽、ついてるね……

僕、桜大好きなんだ。

満開の桜の道、歩きたいなぁ…」






「春になったら歩けるだろ?

一緒に歩きに行こう!」




ベクが空を見上げて言う。




「うん……

春になったら……」








ーーー何でだろう。


一瞬……寂しそうな表情に見えた。











「…ねぇ、チャニョリには
将来の夢とかある…?」




ベクが夕日を見ながら
いきなりこんな事を聞いてきた。




「夢……かぁ…

まだ将来のこととか…
正直よくわかんないんだよなぁ…」




「えー…もったいない…」




「……ベクはあるの?」




ベクは一瞬驚いた様な顔をした。




「僕……は…

そうだな……歌が歌いたいかな」




「歌…?
歌、得意なの?」




「得意っていうか……
好きなんだ、歌うの」




初めて聞いて驚く。




「知らなかった!
……なんか歌ってみてよ!」




勝手にワァッと拍手して
ベクに歌ってもらえるよう促す。



「//…初めて人に聞かせるから…
ちょっと恥ずかしいけど……

……笑わないでね…?」







少しの緊張と
初めて人前で歌う恥ずかしさで
少し頬が紅く染まっていて……



ゆっくり息を吸って

ベクが…


歌い出す………





















ーーーーーーすごくキレイな歌声だ ……


こんなにもベクが

歌が上手いなんて
思わなかった……


上手いを通り越して…なんていうか……


本当に…キレイだ……。





一生懸命に歌うその姿が
夕日の光に照らされて
すごく美しい。
















ーーーーー

「ベク…っ上手だよ!!!

すごくキレイな声で……
歌手になれるって!!!!」



「そんな…言い過ぎだよ…」



「本当だってば!!
俺が保証するよ!!!」



「ふふっ…ありがとう……

いつか…
チャニョリのギターで歌いたいな!
…チャニョリ
ギター弾けるでしょ?」




…!




「…そうだよ!
俺のギターで伴奏すれば…!!

今度絶対持ってくるよ!!!」




「本当?
じゃ、楽しみにして待ってる!」





「約束な!!」









……夕日が沈む中

俺とベクは

ひとつ
小さな約束をかわした。







ーーーーーーーーーーーー





一週間後…………




俺はギターを背負って

帰り道にまた
ベクの家へ向かった。



すごくドキドキした……

ベクが喜んでくれるかと
ワクワクした…………








桜の木の道を駆け抜けて

家の前に着く。






「おーい!ベクーっ!!」












……いつもならすぐに


「チャニョリ、待ってたよ!」と、

笑顔でベランダに
出てきてくれるのに……









返事が………ない。






「…ベク…?

おーい!!ベクーっ!!!
ギター持ってき…」





「…ベクヒョンさんは
ここにはいません」









ーー!?




何処からか帰ってきた様子の
家の使用人さんが

後ろから俺に突然、

そう言った。






「え……
どういうことですか………?」




「5日前……急に体調が崩れて…
それからは病院に…」






ーーーー病気で…?

もうすぐ治るんじゃなかったの………



病院……


…入院してるってこと………?






「…どこの病院ですか………」











「実は…

ベクヒョンさんに……

チャニョルさんに伝えるなと…
…言付かっているのですが…」







ーーーーー何、それ…



ベク……どうして……


どうしてそんなこと……








「…………

お願いします…

教えてください……」






この街に病院は山ほどある。




ひとりで全ての病院を回ることなんて
できない。





「……教えてください……」






必死に頭を下げる俺に
使用人さんは…


メモを渡した。







「本当はきっと…
貴方に会いたいはず。


これは
もとから貴方に渡そうと
準備していたメモです。

…病院の場所と…部屋番号が
書いてありますから……

行ってあげてください……」
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