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□【another oneself】
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「お恥ずかしいところをお見せしました…!」

回復し、意識を取り戻したヨヒラは開口一番、顔を真っ赤にしながらそう言った。
かぼちゃ少女は、気にするなと手をひらひらと振った。

「ま、あんたの恥ずかしいところは前にも見たし」
「そうでしたね…」

リビングの椅子に、向き合うようにして座ったふたりの表情は対照的だ。ちなみに、デビルたちは全員部屋から追い出すかソウルストーンに戻ってもらっている。現在、この家にいるのは二人だけだ。

「…あなたは何なんですか。ソーウィンは終わりましたよ?なんでまだかぼちゃ被ってるんですか」
「別にいいじゃん。ってか、あんたも何してたのさ?掃除?」
「…そんなところです」
「へぇ。ま、掃除し隊の隊長サマだもんね。自分の家の掃除なんてお手の物か」

意外だね、とかぼちゃ頭の少女はヨヒラが出した紅茶に口をつけた。いい香りだな、と思いながら飲んでいると、俯き震えているヨヒラがふと目に入った。

「…あのさ」
「な、なんですか?」
「…まさかとは思うけど、掃除、苦手なの?」

思いついたことをそのまま口にすると、ぼんっとヨヒラの顔が赤く染まった。図星だったらしく、バッと顔を上げて弁解を試みているが、ただ赤くなった顔を無様に晒すだけで、その姿に思わず笑いが転ぼれる。

「ハハハッ!ちょっ、そんなとこまで似なくていいのに…!!お腹痛い…!!」
「五月蝿いですね!だいたい、あなたは何なんですか!?私の何を知ってるんですか!」
「言ったはずだよ?アタシはあんただ。そして、あんたはかつてアタシだった」

ソーウィンの日。二人は出会って、ほんの少し言葉を交えた。
その時も言ったのだ。ヨヒラにはその意味を理解する暇も与えられずにそのときは別れたが、やはり意味がわからないと不貞腐れる。

「…大体、あなたの名前も私は知らないのですが」
「別に、知らなくていいんだけど」
「不便です。あとかぼちゃも取ったらどうですか」
「あっそ。…じゃあ、サイとでも呼んで。かぼちゃは取らん」

紫陽花のサイ、ね。とかぼちゃ少女は付け足した。

「掃除苦手なくせに、なんで掃除し隊なんて作ったんだか。あんた、人の上に立つのも苦手でしょ?」
「その場の勢い、でしたから。隊長なんて、呼ばれるまで意識してなかったですし」
「勢い、ねぇ。あんたを突き動かすだけの何かが、あの場所にはあった?」
「…あるに、決まっているでしょう」

キッ、とヨヒラはサイを睨む。

「あそこは、クルーデリス様との思い出がある…大切な場所です」
「だから、茶会も開かれず、誰も訪れない様子を見てられなかったと?」
「ええ」
「それだけ?」
「………」
「違うだろ?…なんで、誰もいない会場を見ていられなかった?」

誘導尋問のようだ、とヨヒラは思った。
相手は相変わらずかぼちゃのままで、普段だったら笑ってしまうのに、なぜか今は間抜け面のかぼちゃが腹立たしい。わずかに見えている口元が弧を描いているのも、原因の一つだろう。
何より、こちら側からは見えないのに、こちらのことは見透かしているような視線が苛立たしい。

「あのね、こっちはあんたの悩みを払拭しないと帰れないの。ソーウィンを利用してこっちに来たのはいいけど、いつまでもあんたがウジウジしてるから、帰りたくても戻れない。だから、こうして家にまで来たんだよ?」
「誰も頼んでませんし、そんなこと。勝手に帰ってくださいよ」
「できないって言ってんでしょーが。人の話はちゃんと聞け」
「だいたい、私が何に悩んでいるって言うんですか。私は、悩んでなんかいません」

どんどんお互いに喧嘩腰の口調になっていく。サイも人をからかうような言動が減っていき、ヨヒラも普段の穏やかな口調の裏に辛辣さが見え隠れし始めている。
このままではいけない、先に枷が外れては相手の思うツボになる。冷静になれと自分に言い聞かせてみても、一度火のついた感情と思考は簡単には収まらない。
そして、ついに−サイの一言で、ヨヒラは爆発した。

「へぇ、悩んでないの?肝心な時に無力で何もできずに、魔女の消滅を見てるだけだったあんたが、何も?」

カッと頭に熱が上り、気がついたときには右手のひらに膨大な魔力を集中させていた。それをサイの目の前に突きつけ、ヨヒラは低く唸るような声を出す。普段からは想像もできないような、野生の獣のような行動だった。

「…あなたに何がわかる」

今にも爆発しそうな魔力の塊にさらされながらも、かぼちゃの下の表情は動かない。目を見開くぐらいはしているだろうが、見えている部分−口元は、ピクリとも動いていない。
腹立たしい、とヨヒラは歯軋りした。手元にソウルストーンがあるなら得意の構成で塵にしてやるのに。
そんなヨヒラの内心を読んだのか、サイは笑った。

「図星を刺されるとキレるとか、ほんっと、細かいとこまで同じで嫌になる」
「セリフと顔が一致してませんよ」
「ポーカーフェイスには自信があってね。図星だってとこは否定しないんだ?」

まったく、本当にそっくりだ。
そう笑うサイの声には、どことなく嫌悪や軽蔑の色が含まれていて、ヨヒラは本当にこいつの目と鼻の先で魔力を爆発させてやろうかと手に力を込めた。

「…何なんですか本当に。私が誰とそっくりだって言うんですか」
「だから言ってるだろ。アタシはあんたで、あんたはかつてアタシだった。分離した、って言ってもいいのかな」
「………わけがわかりません」
「ま、理解しなくてもいいんだけどね。とりあえず、アタシとあんたの間には、一方通行のリンクがある。そして、あんたは無意識にアタシをここにつなぎ止めてしまっている。…迷惑なんだよ。さっさと帰らせろ」

何を考えているのか、サイはヨヒラの魔力の塊に手を伸ばした。右手ごと掴んで、そのまま魔力を奪い去る。バトルのとき、ベリトに魔力を奪われたときと同じ感覚に、ヨヒラは目を見開く。

「洗いざらい全部吐け。…口にすりゃ、楽になることもあんだろ」

魔力の塊を握りつぶしながら、サイはヨヒラの頬に触れた。
壊れ物を扱うようなその手つきに、感情が高ぶっていたヨヒラは、零れ落ちる涙を止めることはできなかった。

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