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□[ヨヒラさんとデビルさん]
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東のウィッカに所属するアナザー・ヨヒラの特技はお菓子作りである。
クッキーやマフィンなどの焼き菓子からショートケーキやガトーショコラ、タルトやプリンにマカロンやギモーヴと、そのレパートリーは多種多様。その数はまだ増え続けており、リクエストがあれば作り方を調べ、試作を重ね、自己流のアレンジを加えてレシピを完成させるなど応用力も高い。
では、その完成に至るまでの課程で作られた試作品たちはどうなるのか?
彼女は、東のウィッカの外れにある森の中の小さな家で暮らしている。そこを基点としてバトルや探索に出かけるヨヒラには作った大量のお菓子を配る相手などそういない。バトルを仕掛けた相手に渡すというのも手なのだが、それもそれでどうかと思う、というのが彼女の意見だ。
最終的に彼女が至ったのは、デビルたちに食べてもらうという割とあっさりとした結論だった。

[ヨヒラさんとグラシャさん]

朝起きたヨヒラがまずすることは、ソウルストーンの中にいるデビルたちへの挨拶だ。
寝室に据え置かれた棚にはガラス戸がはめ込まれ、小さく区切られたスペースに一つずつソウルストーンが納められている。

「おはようございます、皆さん」

そう元気に挨拶をする彼女だが、実はあまり朝に強くない。
早くても30分、ひどい時は1時間程ベッドの上で眠気と格闘して、それからようやく身支度をしてからいつものテンションになる。今日は結構早い方だった。本当にひどい時はそのまま二度寝してしまうのだから。

「今日はお菓子を作ります。午後になったら、リビングに来てくださいね」

そう言ってにっこりと微笑んだ彼女は、寝室を出てぱたぱたと階段を降りていった。おそらく、朝食の準備をしに行くのだろう。
足音が聞こえなくなったのを確認して、ふわりといくつかのソウルストーンが輝いた。その輝きはそれぞれの姿を成し、デビルたちが姿を現した。
彼らはヨヒラがこの地に生まれてから出会い、共鳴し、今日までともに戦ってきたデビルたちだ。

「…ヨヒラのお菓子、たのしみ」

ぎゅう、と白い花束を潰れないように抱きしめながら呟いたのは、アムドゥスキアスだ。彼女は水色の髪を靡かせながら、ぱたぱたとヨヒラのあとを追うように部屋を出て行く。それは朝食の支度を手伝う、という理由ではなく、ただ傍にいたいだけなのだということを、その背中を見送っていたデビル・グラシャ=ラボラスは知っていた。
グラシャはかなり初期の頃からヨヒラとともにいるデビルであり、現在彼女が愛用して使っている鎌の本来の所有者でもある。バトルの時にセットされていなくても、彼は常にヨヒラの傍に付き添っている。

「アムドゥスキアスは、ホンットにあいつが好きなんだな」

そう言いながら傍らに降り立ったのは、青緑色のフードを被った少年デビル・アロケル。
高い襟で隠れてしまっているが、その口元はかすかに笑っている。それを見抜いているらしく、グラシャは「お前さんもだろう?」と茶化すように笑った。途端、アロケルの顔が赤くなる。

「ハァ!?なに言ってんだテメェ!?」
「アロケルはもうちっと素直になった方がいいと思うぜ?」
「わっけわかんねぇ!…笑ってんじゃねーよ、バカ!」

クスクスと笑うグラシャの脛を蹴っ飛ばし、アロケルも部屋を飛び出していく。
やれやれと苦笑してから、グラシャもほかのデビルたちと同じように部屋を出た。



ヨヒラは割と放任主義だ、というのがデビルたちの共通認識である。
バトルや探索に行かない日は基本何をしていても良い。書斎で本を読んだり、ソウルストーンの中で休んだり、なんなら出かけても構わない。だけどちゃんとこの家に帰ってくること。それが、ヨヒラがデビルたちに言った約束≠セ。
アクビを噛み殺しながら、グラシャは彼女が初めてその約束を口にした日のことを思い出していた。
魔女の屋敷を出てひとりで暮らすと決めた頃、まだヨヒラのもとにいたデビルは片手で数えられるほどしかいなかった。
だけどともに暮らすのだから、最低限だけのルールは決めようと言って、彼女は少し考えてから告げたのだ。

「何があっても、この家に一緒に帰ってきましょう」

この家からすべてを始めよう、と。バトルで勝てなくても、塔の中で迷子になっても、この家に戻ってきて反省して、進んでいこうと。
彼女が手入れをしているうちに、色とりどりの紫陽花で囲まれたこの小さな家には今、家主であるヨヒラと彼女が出会い共鳴した30体程のデビルが住んでいる。最も、大半のデビルはソウルストーンの中で一日を過ごしていることが多いけれど。
大所帯になってきたなぁ、とグラシャは申し訳程度の広さしかないテラスで空を仰いだ。ランカーのアナザーたちに比べればまだまだデビル数は少ないのだろうけど、古参メンバーである彼にとっては、ここ最近は一気にデビルが増え始めてとても賑やかになったという印象だ。
ヨヒラが強さを望む限り、デビルは増えるのだろう。
その中から彼女が望んだ力を持つものがともに戦うのだ。かつてのグラシャのように。

「…最近、使われてねぇからなぁ」

デビルが少なかった頃は、ヨヒラはグラシャをいつも使っていた。しかしデビルが増えるにつれ、構成に悩んだ彼女はグラシャをデビルセットから外した。
それでも、グラシャの鎌を己の武器と定めた彼女はグラシャを連れ歩いてくれている。
そのことが、ただ単純に嬉しかったりもするのだ。必要とされているようで。
だけど、まぁ。デビルとしての本業は、自分が鎌を振るうことなので、少し不満もあるけれど。

「グラシャ、少しいいですか?」
「ん?」

からり、とリビングとテラスを繋ぐ窓を開いて、ヨヒラが顔を覗かせた。
長い髪が落ないようにとヘアバンドで留めて、エプロンを着ているところを見ると菓子作りの途中だろうか。

「どうなさった、ヨヒラ?」
「材料が足りなくなってしまって…買い出しに付き合ってくれませんか?」

眉を下げてそういう彼女に、グラシャはクスリと笑う。
デビルの本業としての出番はないが、こうしてヨヒラが真っ先に頼ってくるのが自分であることが、嬉しいのだ。
これから先もそのことが変わらなければいいのにと、ふと浮かんだ考えにグラシャは内心苦笑する。どうやら、自分は思った以上にこの少女に肩入れしているようだ。

「へいへい、構わんよ。何を買うんだ?」
「卵と小麦粉を。あとは…あればナッツも欲しいです」
「あいよ、了解した」
「じゃあ、出かけましょうか」
「おっと、その前にさすがにエプロンは外してな」
「あ」

言われてから気づいたのか、ヨヒラの顔が赤くなる。
すぐに支度しますから!と部屋に戻っていた後ろ姿を見て、グラシャは珍しく声を上げて笑った。



あとがき
普通特別編の前にこっちを載せるべきだと思う。しくった。
我が家のグラシャは、飄々としてるけど頼りがいのあるお兄さん。
本当に始めた頃からお世話になりっぱなしです。
ちなみに古参メンバーというのはウァサゴ、バティン、グラシャ、アスタロト、ノロウェのことです。
デビル構成めちゃくちゃ悩んだ。

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