本棚


□7
3ページ/3ページ


俺は、闇の中にいた。
塔の中の、あの部屋よりも暗い。手と足を縛る鎖はないけれど、手を伸ばせど何も触れるものがない、暗闇。
目を開けても、自分の姿すら見えない、常闇。
ああ、これが俺への罰か、と強く目を瞑った。目を開いても闇しかないなら、閉じていたほうがいい。どうせ何も見えない、変わりはしないのだから。
胎児のように体を丸めて、膝を抱える。冷たいとか、暑いとか、そんな感覚もない。時間の感覚も、何も。
やることもなくて、次第に俺は思考の海へと沈んでいく。
あの子は大丈夫だろうか。俺が傷つけてしまった彼女は。俺に手を伸ばしてくれた、あのアナザーは。
ただ、もう一度その手に触れたかった。だけど間違えた。間違いを正す方法もわからないまま、傷つけた。ずっと望んでいた温もりを、自分の手で、切り裂いた。
魔女に託したのだ。きっと大丈夫だろう。ああ、叶うなら、もう一度会いたかった。笑ってほしかった。その手を握りたかった。だけどきっと、もう叶わない。
ここは牢獄の中だ。魔女によって俺は島の意志とやらに突き出され、他のデビルと同じように閉じ込められた。違うのは、封印されたのは「本体の俺」だということ。俺をここから解放するには莫大なハーモニクスが必要らしい。そういう条件を島に提示したのはあの東の魔女で、俺がそれに従うことで魔女はあの子を救うと約束してくれた。
俺のソウルストーンを、あの子は持っていた。それは確かに俺を封じるための檻だったけれど、身体を持っていた俺はそれに封印されることはなかった。だけど、今の俺はその身体を奪われ、空っぽの牢獄に魂を押し込められた。俺の身体を使って、魔女はあの子を治療するといった。抜け殻の身体が役に立つのなら、いいかなと思った。
それでも。
やっぱり。
この闇は、深い。

「…ヨヒラ…」

呟いても、誰にも届かず霧散する声。
独りぼっちにサヨナラをしようと、言ってくれた彼女。
結局、自分はあの子の手を取れなかった。
孤独から、抜け出すことはできなかった。
独りぼっち。
寂しいと思うことすら、許されない。

「…だれか」

ここから出して。
そんな、願いすら許されない。
これが、俺への罰だ。
たくさんの人を傷つけた。たくさんの思いを踏み躙った。
許されない。
わかってる。
泣いちゃいけない。
泣く資格などない。
すべては、俺自身のせい。
だけど。
こんな俺でも。
だれか。だれか。だれか。
手を差し伸べて。温もりで包んで。
愛を。

「…俺を、愛して…!」

吐き出した言葉と涙が零れた瞬間、世界に罅が入った。
顔を上げると、暗闇にわずかに光が差し込んでいた。そこから、何かが流れ込んできて、俺の内側を満たしていく。それは暖かな、心地のいいもの。
そして、声が聞こえた。
俺を呼ぶ声。もう一度会いたいと、聞きたいと、願った声。

こっちおいで。…一緒にいてあげる。

本当に?
そっちに行ってもいいのだろうか。こんな、俺でも。
光の方向へ、俺は手を伸ばした。
誰かに手を掴まれたと理解したとき、俺を捉えていた暗闇は消え、檻が壊れていく。
光の奔流に飲み込まれ、その眩しさに思わず目を閉じる。
次、目を開けた時に俺の目の前にあったのは、会いたいと願っていた少女の、はにかむような笑顔だった。

「ねぇ、ディース…私と一緒に、いきませんか?」

そういう少女の手を両手で包み込んで、俺は泣きそうになりながら、精一杯笑った。
きっと、涙でぐしゃぐしゃな、ひどい顔だったと思う。
それでも。

「…うん。俺は、ヨヒラと一緒にいきたい」

俺は、ここにいる。
もうあの暗闇には、戻らない。

孤独に怯えていた死神は、もう何処にもいないのだから。

【come on, here I am】
 (愛しておくれ、求めておくれ)
 (私たちは、ここにいる)

【lonely envy】 end
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ