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翠の月が照らす、東のウィッカ領地の中心。
魔女・クルーデリスの住居の一室に、私はいた。
生まれたばかりの頃、右も左も分からず、自分という存在さえあやふやだった頃、住んでいた部屋。不思議な懐かしさと緊張感の溢れた部屋のベッドに、私は寝かされていた。
窓から見える月は相も変わらず美しく、暗い空を照らしている。ここ数日降りっぱなしだった雨も、もう止むのだという。
ふと、手のひらの中の石に視線を落とした。
真っ暗な、月のない夜空のような、彼が持っていた鎌のような、黒いソウルストーン。
その冷たい表面を指先で撫でて、私はぽつりと呟く。

「…結局、救われたのはどっちなんでしょうね」

どう思いますか?と私は視線を前に向けた。そこには、いつから居たのか、グラシャ=ラボラスがベッドの淵に腰掛けていた。私に背を向けているため、表情は伺えないが、なんとなくはわかる。たぶん、お怒りだろう。

「…救われた、とでも思ってんのか?」
「彼がいなかったら、私は今頃死んでますよ」
「奴さんがお前さんを助けたのは、お前さんが奴さんを救ったからだろ」
「救え、ましたかね」
「デビルにとって、アナザーって存在はそれだけで救いだよ」

肩ごしに、グラシャがこちらを見る。その口元にはいつものニヒルな笑みが浮かんでいたが、赤い瞳はこちらを射抜くように鋭い。私の性格を理解していて、何を言っても聞かないとわかっているから、グラシャは何も言わない。だけど、言わないことと不満がないことは同義ではない。
その視線に私が「ごめんなさい」と謝ると、わずかに目元が和らぐ。そしてその目は、私の手元へと移る。

「俺たちの存在に気付いて、形をくれるんだからな。…お前さんの手にあるそれが、その証拠さね」

まだハーモニクスを注ぎきっていないソウルストーンは、少し曇っているようにも見える。ころころと手のひらの中でそれを転がして、そっと握り締める。

「…答えて、くれるでしょうか」
「そればっかりは、俺にもわからんね」

いつだって、ソウルストーンにハーモニクスを注ぐのは緊張する。特に、最後の1%を注ぐのは、もはや緊張を通り越して恐ろしい。
拒絶されやしないか、とか。力を引き出してあげられるだろうか、とか。
不安だらけだけど、このちいさな牢獄から開放してあげたくて。私はハーモニクスを注いできた。
だけど、今回は。
ただ、彼に会いたい。その手を取りたい。私の声に、答えてほしい。
それだけだ。

「…そばにいてくれますか、グラシャ」
「俺ぁ、ここにいるよ。いつだって、いつまでだって」

その声に背中を押され、私は最後のハーモニクスを注いだ。途端、闇色だったソウルストーンは内側から溢れんばかりの光を放つ。
その光を見つめながら、私は彼を−ディースを、呼んだ。

「こっちおいで。…一緒にいてあげる」

光の中から現れた人物の手を、私はそっと、握り締めた。

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