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アロケルの操る闇が私の魂を満たしていく。
心地いいような、自身が別のものに染まっていくような、そんな感覚。
私の魂が完全に染まる前に、アロケルが飛び出した。自身の鎌に闇を纏わせて、ディースへと斬りかかる。
銀色の刃と、漆黒の刃がぶつかる。二人の闇が溢れ出し、互いに互いの身体を傷つけていく。
じわり、とディースの闇がアロケルを蝕んでいく。苦しそうに呻いたアロケルに、思わず駆け寄りそうになる。だが、鎌という特殊な武器を持った人間(デビルとアナザー)が三人も密集してはそれこそ身動きがとれなくなるので、ぐっと堪える。

「ああもう…ほんっとうにイライラするぜ…オメーを見てるとよぉ!」

ディースの闇を振り払うように、アロケルが大きく鎌を振るう。大振りな攻撃は見極められやすく、容易く受け止められてしまう。だがアロケルはそれでも踏み込み、ディースの額に頭突きを食らわせた。

「っ!」
「自分一人が不幸です、みてーなツラしやがって!そうやって一人で薄幸ぶってても、何の意味もねーだろが!!」
「何も、知らないくせに!五月蝿いんだよ!!」
「ああ知らねーよ知りたくもねーよ!でも、アイツは…ヨヒラはオメーのことを知ろうとしてんだよ!」

体をひねり、アロケルが回し蹴りをディースの脇腹に叩き込む。たたらを踏んだディースの足を払い、己の鎌を月光に輝かせながら、アロケルは叫ぶ。

「だからいい加減、に…しやがれぇっ!!」

大きく振り下ろされたアロケルの鎌が、ディースの鎌の柄を両断した。自分の手の中で二つに分たれたそれを見て、黒い双眸が見開かれる。
柄も黒曜石でできていたらしく、小さな破片が光を反射しながら宙を舞った。その中で、ディースが絶叫をあげる。それと同時に吹き出した闇にアロケルが飲み込まれる直前に、私はソウルトーンに彼を戻した。

「もうヤダ…っ!いなくなってよ、俺の目の前から!!今すぐに!!」
「それはできません!」

今の私には、次のデビルを呼ぶ余力はない。だからここから先は、純粋に私とディースによる一騎打ちだ。
子供のように身を丸めたディースの足元から、刃のような形状となった影が周囲に広がる。木々を切り裂きながら迫るそれを、私はルビーの鎌で弾く。それでもまだ迫りくるそれらに、きりがないと舌打ちする。
だから。

「―っ!」

あえて、踏み込んだ。
左腕を、右足を、頬を、髪を、影の刃が裂いていく。それでも足を止めずに、大地を強く蹴った。確かな質量を持った物質となった影の上に飛び乗る。さすがに自分でもこんなことできるとは思わなかったので一瞬ひるんだが、顔の真横を掠めた刃にハッと我に返る。

「あぶ…なっ!」

影の上で身を捻ってそれを避け、綱渡りをする曲芸師のように鎌でバランスをとり、一直線にディースの懐へと駆ける。
避けきれなかった影の刃が、腕を、足を、頬を、髪を掠める。それでも私は、前を―ディースを見据えたまま、走る。あと少し。その既で、足元を狙った影を視界に捉え、宙に飛んでそれを回避する。そのまま空中で鎌を構え直し、大きく振りかぶった。

「―っ!ヨヒラなんて…消えちゃえっ!!」

そんな叫びが聞こえた瞬間、腹部に大きな衝撃が走った。手から力が抜け、鎌が地面へ滑り落ちていく。

「あ…かはっ!?」

喉から込み上げてきた血を吐き出してようやく、あの影に腹を貫かれたのだと理解した。痛みが大きすぎるせいが、脳がそれを痛みだと理解してないようだ。ただ激しい熱と違和感がそこにあるだけで、他には何も感じない。
ずるり、と影が引き抜かれる。重力に従って、私の体は下に、ディースの上に落ちた。傍らにはルビーの鎌が落ちている。私の腹部から溢れた血が、ディースの黒衣に染み込んでいくのを、なんとなく感じた。

「…あ、…あ?」

私以上に事態を把握してなかったのは、ディースだった。自分の上に落ちてきた私を見て、溢れる血を見て、震えていた。小さな声で「ちがう、違う…」と繰り返している。

「違う、殺したかったわけじゃない…いなくなってほしかったんだ。俺の前から。だって、だって…」
「…捕まえた」

うわ言のように繰り返すディースの背中に腕を回す。さすがにアナザーと言えどもこの傷ではただでは済むまい。アロケルたちをソウルストーンに戻しておいて良かった、と安心した。今頃、ソウルストーンの中で大騒ぎだろう。
だけど私は、これを狙っていた。
ディースに近づくには、あの影をくぐり抜けなければいけない。だけど私の力ではそれは無理だ。ならば、最初から避けなければいい。
さすがに、お腹にくるなんて思ってもなかったが。

「…『生まれた時からひとりの人間は孤独を知り得るか?』」
「え…?」
「あなたに孤独を教えてしまったのは…私だったんですね」

何も知らなかった彼に、手を差し伸べたくせにその手を突き放して。
ただ彼を間違っていると糾弾して、彼を知ろうとしないで。
…遅すぎた。それはもうわかっている。だから、私は。

「…もう、独りぼっちに、サヨナラをしましょう?」

ズボンのポケットにしまっていた四つ目のソウルソトーンを取り出して、ディースの前に差し出す。
ふわりと浮かんだそれが光を放つと同時に…私は、意識を手放した。

【Don't fear.】
(恐れるものは、何もない)
(あとは踏み出す、勇気だけ)

To be…
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