本棚
□6
3ページ/4ページ
そして、私は―ディースと対峙していた。
「私のせい…ですか」
確かにそうかもしれない。私が余計なことを言ったから。
「だから私は、ここに来たんです」
くるり、とルビーでできた真紅の鎌を構える。
それを見たディースが怪訝そうな顔をした。
「あの、デビルの鎌じゃないの?」
「ええ。せっかく頂いたものですから」
懐から、三つのソウルストーンを取り出す。ふわりと周囲にそれらを浮かべて、私は笑みを浮かべる。
挑発するように。それでも、真っ直ぐにディースを見据えて。
「あなたを止めます」
「…やってみなよ」
ディースの足元から、じわりと闇が滲み出す。漆黒の鎌を構えた彼の姿を見て、私も浮かせたソウルストーンの一つに手を伸ばす。緑を帯びたその石に私の指先が触れた瞬間、ディースが動いた。
十分な間合いを取っておいたのにも関わらず、ディースは一瞬でその距離を詰めた。上から叩き落とされるように繰り出された一撃を、背を反らせてなんとか避ける。外套の前を留めていた飾りが壊れ、はらりと裾がたなびく。わずかに掠ったらしく、血が一筋宙を舞った。
「…っ」
外套に隠されていた私の上半身を見て、ディースが目を見開いた。
「…それ、なに?」
「五月蝿い、ですっ!」
チケットと交換で手に入れた、通称・ばんそーこー装備。裸の上半身に、二枚の絆創膏だけが貼られた私の姿は、まぁ控えめに言っても変態だろう。だが仕方がないのだ。
怯んだディースの体に回し蹴りを入れ、後ろに飛んで距離をとる。初めて唱える詠唱に戸惑いつつも、ソウルストーンの中のデビルを呼び出す。
「お願いします…オリアス!!」
緑色の魔法陣が閃めき、短い金髪を跳ねさせたデビルが姿を現す。ばんそーこー装備と一緒に、チケットと交換で仲間にしたデビル・オリアスだ。涙のような文様を左頬に描いた顔は思いのほか端整で、一瞬だけ見蕩れたが、当の本人の声で我に返った。
「まったく、初仕事からハードっスねぇ。…いつもこんな無茶してんスか?」
異形の魂、の名前を持つデビルは困ったような顔で、だけども楽しげな声で私を見た。
そんな様子に苦笑しつつ、そんなことないですよと答える。
「…ま、いいっスよ。手伝ってあげるっス!」
オリアスの手の中で、二枚のトランプが翻る。一枚はジョーカー、もう一枚はスペードのジャック。
中に放られたそれらがくるりくるりと回っていたかと思うと、ジョーカーはディースの、ジャックは私の頭上に飛ばされる。
「さ、お仕事の時間っスよ!」
オリアスが唱える反転の慟哭とともに、私たちの頭上のトランプが入れ替わる。途端、ディースが膝をついた。何が起こったのかわからない、という顔をしている。逆に、私の胸にあった傷が癒えていく。
「なに、したの…!」
「アンタの体力とヨヒラちゃんの体力を入れ替えたっス。でも、それだけでそんなに驚いてちゃダメっスよ?」
そう言い残して、オリアスの姿が消える。それを横目で見届けて、今度は私から距離を詰める。両手で鎌の柄を握り、遠心力に任せて周囲を薙ぐ。ディースの黒曜石の鎌と私のルビーの鎌がぶつかり合い、金属同士とはまた違う澄んだ音を立てた。ギチギチと鍔迫り合いながら、お互いの刃を削りながら、二つの宝石が月明かりで煌く。
少しずつ、私の刃が押されていく。無理もない、力の差は最初からわかっていた。男と女、デビルとアナザー。私と彼とではすべてが違いすぎる。
なら、その力を削るまでだ。
不意に力を抜き、身体を半歩後ろに引く。強く地面を蹴って後退する。鼻先をディースの鎌が掠めた。次のソウルストーンに触れ、久しぶりとなる詠唱を唱える。
「…グラシャ=ラボラス!」
水色の鎌を携えたグラシャが私の前に降り立つ。コキン、と首を鳴らして、彼は紅い瞳を細めた。
「自分で鎌を振るうのは久しぶりだな…加減はできねぇぜ?」
本来の主に振るわれた鎌は、軽い一薙でディースの足元の大地を大きく抉った。その引き裂かれた大地の奥、何もない、虚ろな暗闇がディースを覗き込む。何度も見ている私も寒気を感じる暗闇にディースが気を取られた瞬間、距離を詰めていたグラシャがディースの胸元を鎌で切り裂いた。
咄嗟に鎌で受け止めたようだが、水色の刃はディースの身体を確かに裂いていた。地面に滴る赤い血が、その証拠だ。
その色を見て、ディースの顔が歪む。おそらくは―恐怖に。
「ひ…っ!?」
「よそ見しなさんな。…次が来るぜ?」
その言葉は、ディースに向けられたものでもあり、私に向けられたものでもあったのだろう。
三つ目の―最後のソウルストーンの詠唱を唱えながら、そんなことをぼんやりと考えた。けれどその思考もすぐに止め、すぅ、と息を吸い込んで詠唱を完成させる。それを察したのか、グラシャの姿が消える。あらかじめ支持しておいたのだ。次のデビルを呼び出す時には、もうソウルストーンに戻ってほしいと。万が一でも、ディースの攻撃が彼らに向かないように。何より、彼らが邪魔をしないように。
ここから先は賭けになる。私が仮定したディースの能力が正しければ、彼を発動すれば条件が満たされるはず。
そして私は、覚悟とともにそのデビルの名を呼んだ。
「頼みましたよ、アロケル!」
月明かりさえも遮る濃密な闇をまとって、そのデビルは顕現する。
鎌の柄に絡みつく金の鎖を鳴らしながら、アロケルは炎を宿した左目でディースを見据えた。
「…勝負といこうぜ、死神」
どちらが死神だ、とツッコミたくなるような笑みを浮かべるアロケルに呆れつつも、私も鎌を構える。
…さぁ、正念場だ。
*