本棚


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島の中心に聳える贖罪の塔。その最上階にはALICEという少女がいて、アナザーは彼女に会わなければならない。
300階という途方もない高さの塔を睨みつけ、私は実体化したままのアロケルを従えてその入口に来ていた。
普段は様々なウィッカの人がいるこの場所も、今は閑散としていた。どこのウィッカも、通り魔と化したディースの対処に追われているのかもしれない。
暗い塔の内部に足を踏み入れ、上を目指して歩き続ける。靴が床を叩く音だけが響く空間の中で、私はぽつりぽつりと思っていることを口に出す。思考を纏めるためでもあるが、何よりアロケルを納得させるためである。
喉も少しずつ回復してきた。さすがに喋れないままでは、私の後ろで不満そうにしているアロケルをどうにかできそうにない。

「じゃ、説明、しますね」
「あんま喋んなよ」
「それじゃ、手短に」

正直、すこし喋るだけでもまだ引き攣るように痛い。先程、首の包帯を替えようと鏡を見たら、なんていうか、うん。ひどい傷だった。裂かれただけでなく、周囲の肉も一緒に抉られたような傷だった。思わず気が遠くなった。何が悲しくて自分の肉の色を見なくてはいけないのか。

「最初、ディースは普通、のアナザーだと思った、んです」
「オレも、気配がおかしいとは思った。でも、オメーが普通に手ぇ握ってるから、気のせいだって」
「つまり、彼には肉体があるってことですよね」

デビルがアナザーと触れ合えないのは、肉体のない、魂だけの存在だから。
アナザーと触れ合えたディースには、体があった。だから、彼はデビルではないと思い込んでしまった。

「なぜ、あったんでしょう」
「………」
「アロケル、わたしは、アナザーの魂はどこからきたのかも、デビルがもともとなんだったのかも、わからない。だから知りたくて、いろいろ考えるんです」

色々なところから本を集めて。
様々な人から話を聞いて。
考えを巡らせる。
明確な答えはどこにもない。だからこれは、ただの仮説。

「かつて、魔女は悪魔と契った者を指す言葉でした」

魔女は必ずしも女性とは限らなかった。わずかとは言えども、男の魔女もいたという。
その殆どは冤罪で、魔女狩りと呼ばれる行為によって命を奪われた。中には、魔女に仕立て上げられたものもいたという。

「契る、という言葉から連想するのは、契約…あるいは結婚、です。魔女の証明方法としても、悪魔の子供を孕んでいる、というものもありました」

子を成すという行為は、結婚への契約にも等しい。特に魔女狩りが流行した時代においては。
だからこそ、悪魔の子を孕むことはそのまま悪魔との契約を意味したのだろう。

「悪魔の子を宿した女性は…魔女として、殺された」

ならば。

「…宿った子供は…何処に行ったんですか…?」

結論は出ている。きっと母親ともに殺されたのだ。…肉体は。
では、そこに宿っていたであろう魂は?生まれてくることもできなかったその子供の心は、何処に行ったのだ?

「クルーデリス様は、私たちアナザーを、子だと言います。それは、もしかしたら、私たちの魂が、その生まれることのできなかった、子供のものだからじゃないかとも、おもったんです」

確かめることはできない。だから考えて、それっきりにしていた思考。続きを考えることをやめた考察。
でも今、その続きを考える。

「殺された子供は、全員ではなかったと思います。目を盗んで、生まれた子供もいたのでしょう」

女を魔女だと決定づけた子供。
魔女が悪魔と契り、生まれた子供。
なんにせよ、幸せなど、得ることはできなかっただろう。

「肉体を得て、生まれて…だけども悪魔の子として、愛されなかった子供」

どのぐらい、塔を登っただろうか。
冷え切り、わずかに湿っぽい空気が充満した、奥の奥。
鉄格子が嵌められた扉が、そこにあった。

「“彼”は、ここで生まれて…死んでいったんじゃ、ないでしょうか」

わずかに、誰かがすすり泣く声が聞こえる。
幼い少年のような、押し殺したような、小さな声。
誰も気づかないようなその声を頼りに、ここにたどり着いた。
重たい扉を開くと、そこは真っ暗だった。窓のない、石壁に囲まれた部屋。そこに染み付いた赤い色を見て、アロケルが眉を顰める。
躊躇うことなく、部屋の中に足を踏み入れる。泣き声はここから聞こえてきた。だったら、ここにあるはずなのだ。

「この部屋…前に噂になってた場所か?」
「おそらく」

カエデとヨルヤがもたらした、交流所で流行っているという噂。塔のどこかにある鉄格子の嵌められた部屋。子供の泣き声、血の匂い。そして、出て行った「何者か」。

「…答えは、これです」

部屋の片隅、落ちていた「ソレ」を拾い上げて、私は目を閉じた。

「……みーつけた」

ソレは、まるで黒曜石のような煌きを放つ…ソウルストーンだった。


【Dreaming of a garish colored world】
 (夢は極彩色の花畑)
 (掴めど消える、脆き花)

To be…
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