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月明かりが差し込む部屋で、少女が眠っていた。
ベッドで眠るその少女を、アロケルは見つめていた。

「…長期の実体化は、危ないぜ?アロケル」

いつの間に立っていたのか、グラシャ=ラボラスがその背中に声をかけた。
アロケルは振り向くことなく、「ああ」と覇気のない声で答えた。
ベッドで眠っている少女はヨヒラであり、その首には白い包帯が巻かれていた。

「心配なのはわかるが、お前さんも休めよ」
「平気だ。オメーこそ、ソウルストーンに戻ったらどーだ?」
「俺ぁ、慣れってからよ」

そう言ってクスリと笑うグラシャに、アロケルは小さく舌打ちした。高い襟に顔を埋め、眉間にシワを寄せる小さな少年の頭に、ぽふりと手が乗せられた。

「…なんだよ」
「お前さんのせいじゃねぇだろう」
「…うるせー…」

普段に比べてやはりその声は弱々しく、グラシャは、これは何を言っても無駄だろうなと察した。
あの雨の日から、今日で三日だ。
三日間、ヨヒラは目を覚まさない。
そしてアロケルも、彼女を見つめたまま動かない。
デビルの実体化というのは、僅かではあるが負荷がある。バトルの時などの短時間なら問題はないが、一日中ソウルソトーンの外に居続けるのは体力を消耗する。ソウルソトーンはデビルを拘束する牢獄であると同時に、休息のためのゆりかごでもあった。

「…ほどほどにしておけよ」

しゅるり、とグラシャの姿が消えた。いたはずの場所を見ると、彼のソウルストーンが床に落ちていたので、アロケルはそれを拾い上げた。
薄く黄色がかかったその石をベッドサイドに置き、アロケルはまたヨヒラを見つめた。
浅く定期的な呼吸は彼女が生きていることを示している。だけどもその瞳は閉ざされたままで、無邪気にデビルを呼ぶ声も、照れたように笑う声も、何も、聞こえない。

「…これだから、人間は」

弱くて、脆くて、傷つきやすくて…それなのに他人を庇うような行動ばかりして。
それでいて、いつもこう言うのだ。「あなたが無事でよかった」、と。
彼女が傷ついて、悲しむものだっているのに。
ふと、アロケルは手をヨヒラの白く細い肩にかかっている髪に伸ばした。普段は緩く結ばれている髪は、今は解かれ、ベッドの上に広がっている。
バトルの時などは彼女の動きやデビルが操る風や炎に合わせて揺れ動くその髪に触れようとしたアロケルの指は…それに触れることはできなかった。
アロケルの指は、ヨヒラの髪を、肩を、体をすり抜けたのだ。水面に映った虚像に吸い込まれるかのように、質感も温度もなにもなく、ただすり抜けた。
その光景を見て、アロケルは目を見開き…そして歯を食いしばった。手をきつく握り締め、俯く。

「何やってんだ、オレは…!!」

アナザーとデビルは触れ合えない。なぜなら、デビルには肉体がないから。
魂だけの存在が、肉体を持つ存在に触れるなど、できるわけもない。
デビルにできるのは、アナザーに一時力を貸すことだけ。グラシャのように己の武器を一時的に貸すこともできるが、それもわずかな時間だ。手を引いて前を歩いくなど、肉体的な接触と助言はできないのだ。
わかっていた。それなのに。
彼女に触れられず擦りぬける自分の手を―体を見つめて、アロケルはただひとり、嗚咽を漏らした。
それを聞いていたのは、ソウルストーンの中のデビルだけだった。

【lonely envy】
Chapter 5: conclusion

彼女はまだ、目覚めない。

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