本棚


□4
3ページ/5ページ


「ただいま、です!」

結局、本降りの中を走ることになってしまった。思ったよりも雨足が早かったのだ。

「おーおかえり…って、何だそいつ」
「アロケル!すみませんが、お風呂沸かしてくれませんか?」
「いや、だから、そいつ何?」
「森で会いました。迷子みたいです」
「そうじゃなくて…」

リビングで、余ったクッキーを食べていたアロケルが、私の後ろにいるディースのことをジロリと睨む。その視線に怯えたのか、大きな体を縮ませてディースは私の背後に隠れようとする。
怯えなくても大丈夫ですよ、と声をかけてやりながら髪を撫でてやる。少し涙を湛えた瞳は不安げに私を見ていて、なんとなく、頭の上に犬耳が見えた気がした。

「アロケル、苛めないでください」
「苛めてねーし…もういい、風呂沸かしてくる。ついでにタオルも取ってくるから、オメーも髪拭け。風邪ひくぞ」
「…はぁーい」
「真面目に返事しろや」
「はい」

席を立ち、風呂場へとアロケルが歩いていく。沸くまで時間がかかるだろうから、その間になにか温かいものでも作ろう。スープならすぐにできるだろうか。

「ディース様、そこに座って待っていてください」
「ヤダ」
「…え?」
「様っていうの、ヤダ」
「あ、これは私の癖みたいなもので…」
「ヤダ」
「………えっと…」

ぎゅう、と裾を掴まれてしまい身動きが取れない。子供が駄々をこねるように、ディースはただ「ヤダ」と繰り返す。
しかし、私としても会ったばかりの人を呼び捨てにするのはいやなのだ。なんとなく、礼儀というものか。一方的な押し付けのような感情だが、そういうものは大切だと思う。

「…じゃあ、ディースさん、で」
「さっきの人のことは呼び捨てだった」
「アロケルは…デビルですから」
「デビル?…って何?」
「はい?」

一瞬、本気で脳がフリーズした。
デビルを知らない?私たちアナザーは、彼らの力なしでは戦えないというのに?

「…ディースさん、貴方は、デビルを知らないんですか?」
「知らない」
「では、何なら知っていますか?魔女様のことは?この島のことは…」
「…わからない」
「………なんということでしょう」

許されるなら、床に両手と両足をついて俯きたい。しかし、今そんなことをやれば濡れた髪のせいで床が大変なことになるのでぐっと堪える。
要するに、彼は生まれたばかりのアナザーと同じということか。何も知らない、何もわからない。だけど、生まれたとき−目覚めた時には必ずそばに魔女様がいるはずだ。そしてその時に、この島で生きていく上で必要な知識をもらうのだ。わからないことがあっても、先輩アナザーが教えてくれる。
何かがおかしい。そう思ったけれど、もしかしたら東以外のウィッカでは新人に対する姿勢が違うのかもしれないし、と考えると納得はできるのだが…。

「…それもおかしな話です」

ほかの可能性を考えてみるが、どれもしっくりこない。
うーんと首をひねっていると、ディースがくしゅんと小さくくしゃみをした。ああ、そういえば私たちはまだ濡れ鼠だ。

「話はあとにしましょう。タオルを取ってきますから、座って待っていてください」
「…ヤダ、着いていく」
「女性の寝室に入るのはマナー違反ですよ。おとなしく待っていなさい」

咎めるような口調で釘を刺し、私は2階にある自室へと向かった。床は後で掃除すればいい。
ディースの腕を掴んで、無理やりリビングの椅子に座らせる。もう一度、「待っていてください」と釘を刺し、私はタオルを取りに行くために階段を駆け上がった。

*
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ