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くるりくるりと私の周囲を待っているソウルストーンのうちひとつに触れ、中に封じられているデビルを呼び出す。

「…イボス!頼みます!」
「お任せを」

ソウルストーンが輝き、鮮やかなオレンジの髪を持つ少女が姿を現す。
胸の前で手を握り、その少女―イボスはディースを睨む。

「形なきもの、声なきものの悲しみを聞きなさい」

瞬間、周囲の空間に目に見えない何かが満ちる。
それらはディースの腕を掴み、自由を奪い、その動きを封じていく。

「…な、に…これ…っ!?邪魔…っ!!」

目に見えないそれを振りほどこうとディースがもがくが、絡みつくそれは絶対に外れたりはしない。
動けない相手を攻撃するのは卑怯な気もするが、そんなことは言ってられない。
普段のバトルのルールが通用しない相手に、遠慮などしていればこちらがやられるだけなのだから。

「…アムドゥスキアス!」

次のソウルストーンに触れ、2人目のデビル・アムドゥスキアスを呼ぶ。
白い花束を抱いた水色の瞳の少女がふわりと降り立った。そして彼女の足元から水が逆巻き、私が持つ鎌へと宿っていく。
正直な話、私は本当に力がない。その代わり魔力戦ならば得意なのだ。
アムドゥスキアスが呼び出した忌水は私の魔力を活性化させていく。膨張していく魔力を鎌へ宿し、大きく振りかぶる。
鎌の重さを利用し、自分の体を軸に鎌を大きく回転させる。イボスの力で動けないディースには避けられない。…はずだった。

「…っ!!」

咄嗟に軸足ではない左足でブレーキをかけ、飛び退る。
何かが左腕を掠めた。その感覚に少し遅れて、ピリッと小さな痛みとドロリと何かが流れる感触が腕を伝う。
痛みを発する場所を見ると、そこには紙で切ったかのような細い、だけども深い傷ができていた。堰を切ったように溢れる血が、白い服を汚していく。

「ヨヒラ…!」
「大丈夫、左腕ですし…」
「でも、でも…!」
「平気です。戻ってください、アムドゥスキアス」
「……う、ん…」

泣きそうな顔で駆け寄ってきたアムドゥスキアスをソウルソトーンに戻し、改めて傷を見る。
確かに傍から見れば血が止まらずに溢れているのでひどい怪我に見えるだろう。だけどこんなもの、チョコを刻もうとして指を切った時に比べればましなほうだ。あれは痛かった。
しかし、今の問題は痛みではない。
何が、この傷を作ったかだ。
ディースは今動けないはず。動いていなかった。
それなのに…。

「…ヨヒラ、拘束が解けます!」

イボスの声にハッとする。
両腕の拘束を解いたディースは、地面を蹴って私に鎌を振り下ろす。咄嗟に反応できず目を見開いた私の前に、3つ目のソウルソトーンが飛び出した。

「ボーッとしてんじゃねーよ!」

すこししゃがれた声はストーンから飛び出したデビルのもの。フードがついた青緑色のローブを着た少年デビルが、自分の鎌でディースの鎌を受け止めていた。
その少年の名を、私は思わず呼んでしまう。

「アロケル…!」
「…邪魔ばっかり…」

忌々しそうにディースが呟き、大きく鎌を薙ぐ。小柄なアロケルは簡単に吹き飛ばされるが、くるりと空中で体制を立て直し、着地する。

「…アイツ、馬鹿力だな」
「正面からじゃ勝ち目無いですね」
「弱気になってんじゃねぇよ。…力貸してやる」
「ありがとうございます」
「たっく…いくぞ」
「はい」

私の傍らに立ったアロケルの足元から、闇が溢れ出す。それは彼の影の延長なのかもしれない。
光を蝕む闇の刃。一切の光を許さない濃密な闇が私の周囲に満ちていく。体の奥底、魂さえも染めていくその闇は、不思議と何処か心地いい。
闇の操り手であるアロケルの本質なのかもしれないと、思わず笑みが溢れる。それは鋭くアロケルに見咎められて、少し睨まれた。

「…邪魔」

ぼそり、とディースが吐き捨てるように言った。
こちらを睨む漆黒の瞳はアロケルの闇より深く、暗い色を湛えている。どこまでも堕ちてしまいそうな、底のない色。

「なんで、邪魔するっ!邪魔だよ、消えちゃえ!!」

駄々をこねる子供のように、髪を振り乱してディースは叫ぶ。がむしゃらに振り回された鎌の一撃は、私の前に躍り出たアロケルによって受け止められる。

「お前…邪魔…!!」
「ガキかオメーは。しつこいんだよ!」

ぶわり、と先程私の周囲に満ちた闇とは違う色を孕んだ闇が広がる。その闇はアロケルの鎌に宿り、ディースの体を刻んでいく。まとわりつく闇は傷口からディースを蝕み、彼の動きを鈍らせる。
…はずだった。

「…あっ!?」

アロケルの体がブレる。
体制が崩れたとか、そういうことではない。私の視界に映るアロケルの姿そのものが、ブレた。
空間にノイズが走るように、アロケルの体が少しずつ闇に飲まれていく。その闇は、ディースの足元から、まるでアロケルを引きずり込もうとしているかのように、彼の体を掴んでいく。

「クソ…!なんだ、これ!?」
「アロケル、戻ってください!」
「な…っ!?おい、待て!」

私の周りを舞っていた彼のソウルストーンに触れ、強制的に退去させる。完全に闇に飲み込まれる前にアロケルが消えるが、それと同時に私の体から闇が溢れた。
それは、アロケルが生んだもの。操り手を失ったそれは、すぐそばにいる対象を…つまり、私を傷付ける。
内側から、魂を裂かれる痛みは想像を絶する。悲鳴すらなく地面に膝をついた私に、追い打ちと言わんばかりに、右腕を何かが貫いた。手にしていたグラシャの鎌が、地面に落ちて乾いた音を立てた。
見れば、それは細く鋭くなった立体的な影で、ディースの足元から伸びていた。おそらく、アロケルを引きずり込もうとしたものと同一だろう。

「ヨヒラ!」
「お前も、邪魔」
「きゃぁ!!」

イボスの悲鳴が聞こえた。慌ててそちらを見ると、ディースがイボスに向けて鎌を振り下ろそうとしていた。細い体は踏みつけられ、自由を奪われている。
影に縫い止められて動けない体を必死に伸ばし、宙に浮いている彼女のソウルストーンに触れる。
彼は、ディースはイレギュラーが多すぎる。デビルにも危害が及ぶかもしれない。そう思い、ただただ必死だった。

「イボス、貴方も戻って!!」

鎌が彼女を襲う寸前で、その姿が消える。踏みつけていた対象が消えたディースは、ゆらりとこちらを見た。

「……知ってるよ、一旦戻したデビルはしばらく呼べないんでしょ」
「…そうですね。貴方はいったい何なんですか?」
「俺はディースだよ」
「名前を聞いてるんじゃありません」

何≠ネのかと聞いている。
普段の敬語も殴り捨てて、問う。
そんな私に、ディースは少しだけ目を見開いた。そして、薄く笑う。

「俺は、ディース・パテル」

ゆっくりと、漆黒の鎌が持ち上がる。おそらくは、いやきっと、私を裂くために。
その刃の持ち主は、その時、たしかにこう言った。

「…デビルだよ」

そして、私の視界と意識は黒く塗り潰された。

【"tootsy, tootsy"】
 (おいで、おいでと手招く声)
 (その誘いに背を向けたのは、誰?)

To be…
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