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それは、いつか見た夢の話。
暗くて湿っぽい石造りの建物の中を、人目を避けるようにしながら、だけども急いで、どこかを目指す幼い少女が一人。
響き渡る悲鳴も、鼻を突く臭いも、彼女はなるべく聞かないように、嗅がないようにと必死に走る。
やがてたどり着いたのは、鉄格子がはめ込まれた扉の前。そこは最も臭いが強く、だけども一番静かな部屋だった。
周囲の悲鳴にかき消されている、小さな泣き声。
子供の力では開けることのできない重い扉を、少女は叩いた。
その小さな手に血が滲むまで。
少女の声は、鉄格子を超えてその向こう側にいる少年にも聞こえていた。
―ここをあけて。
そう少女は言った。
―むりだよ。
そう少年は答えた。
窓もない部屋の片隅で体を小さく丸めて、少年は扉越しの少女を拒絶するように首を振る。
―ここをでたって、どこにもいばしょなんてないんだよ。
―そんなの、わかんないよ。いっしょにいこう
―どこにいくっていうのさ。
―そんなの、しらないよ。でも、……。
不自然に、少女の声が途切れる。
代わりに響いてきたのは、男たちの怒声。耳を塞ぎたくなるような悲鳴は、あの少女のものだ。
―逃げだしやがって。
―こんなガキでも、魔女は魔女か。
―牢に閉じ込めろ。
泣き叫ぶ少女が、少年を呼んだ。
少年も、少女の名を呼んだ。
扉に駆け寄ろうと立ち上がった少年は、ハッとして自分の足元を見やる。
そこには鎖付きの足枷が嵌められていて、少年はそこから動けなかった。
引っ張っても鎖は切れるはずもなく、少しずつ遠ざかっていく少女の声に、少年はボロボロと涙をこぼした。
―まって。まって、つれていかないで!
伸ばした手は血まみれで、まだ癒えていない傷が引き攣り治まったはずの痛みが再熱する。開いた傷からまた血がこぼれ、床に広がる染みを増やした。
―やだよ…いやだよ…!
鉄格子に閉ざされた、真っ暗な部屋で少年は泣きじゃくる。
―ひとりは、いやだよ…!!
その悲痛な叫びは、誰にも届かなかった。
【lonely envy】
Chapter 3: eyewitnessing
私はその光景を、ただ見ているしかできなかった。
自分の瞳からこぼれる涙にすら、気付かずに。
*