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縁というものは本当に不思議なものだと思う。
水無月 玖遥様との縁だって、本当に些細なことから芽生えたのだから。
私が勝手に仕掛けて勝手に負けたのが始まりだ。水無月様曰く、私が初めて自分にバトルを仕掛けてくれた人だったらしい。そして、私も私で他のウィッカの方に話しかけられたのはそれが初めてで。
お互いに初めてだった。それだけの縁で、今もこうして付き合いがある。本当に縁とは不思議なものだ。

「急にすみません、雨なのに訪ねちゃって」
「構いませんよ。…あ、上着をこちらに。意味ないかもしれませんけど、ひとまず乾しておきましょう」
「ありがとうございます」

雨に濡れた服を受け取り、ラックへとかける。水無月様に座っていてくださいと促して、台所へと向かう。

「紅茶でいいですか?」
「はい」
「この間、アプリコットのジャムを作ったんですよ。ロシアンティーにしましょうか」
「あ、いいですね」

そういってふわりと笑う水無月様はとても可愛らしい。違う魔女様に生み出され、互いに競い合う立場にいるけれど本当に彼女は可愛らしいと思う。それにとても努力家だ。
そういった人を、私は好むらしい。
茶葉を蒸らしすぎないよう手早く準備し、机にティーカップとジャムを並べる。

「雨の中、どうしたんですか?何かご用事でも?」
「ええ。少し、聞きたいことがあって」
「私でわかることなら、なんなりと」

さすがにウィッカの方向性に関わる話はできないけれど。それはお互いにわかっていることなので、踏み込んだりはしない。
私と水無月様は友人同士。だけども互いに争い合う別のウィッカのアナザー同士。
微妙な距離感を保たなければならない。本来の意味での友人としてはどうかとは思うが、ここでの友人ならそれも致し方あるまい。
しかし、聞きたいこととはなんだろう?

「あの、東の方では何か変わった事件とか起きてませんか?」
「事件ですか?いえ、私は特に聞いてませんが…」
「そうですか…」
「私の家はご覧の通り辺境ですし、話が来てないだけかもしれません。何かあったんですか?」
「……実は、北のウィッカで、少し前から。…猟奇事件、とでも言いましょうか」

どこの所属かもわからない人物にバトルを仕掛けられ、負ければ四肢を大鎌で切り裂かれる。
そんな通り魔じみた事件が多発しているのだと、水無月様は言った。

「被害に遭った人たちは、クピドゥス様のお屋敷で治療を受けています」
「命に別状はないんですね」
「たいていの人は。…でも、中には両足を切断された人もいて…」

アナザー同士の戦いといえど、そこまで度が行き過ぎているものは聞いたことがない。
一定時間で決着がつかなければ引き分けとするというルールもあるのだ。負けた相手をさらに嬲るなど、常識を逸脱している。

「酷い話ですね…」
「これが北のウィッカだけのことなのか、島全体のことなのか…不安で」
「どこの所属のアナザーでしょう。そんなことを繰り返していたら、魔女様か島の意志によってペナルティが課されると思うんですが…」
「あ、それがどうも普通のアナザーではないらしくて」
「はい?」
「デビルを使っていなかった、と…みんな言うんです」

デビルを使っていない?
私たちアナザーのバトルにおいて、勝敗を決める一番の要因はデビルだ。彼らの力を借りなければ、私たちは戦えない。デビルを使用していない相手に負けるなど、万が一にもありえない。

「どういう…こと…?」

せっかく淹れた紅茶の味もわからないほど、私は混乱していた。
水無月様の話が本当なら、これから先、被害は北のみならず島全体に広がるだろう。
早めに対処しなければ、ウィッカ同士の争いをしているどころの話ではなくなるかもしれない。

「…今度、クルーデリス様のお屋敷でお茶会が開かれるんです。そこで話をしてみます」
「お願いします。詳しいことが分かったら、手紙を送りますから」
「私も、東での対処法が決まったらお知らせします」

ふと外を見ると、ややではあるが雨が小振りになりつつあった。
小雨のうちに帰ったほうがよいのではと促すと、水無月様も頷いた。
猟奇事件などというものが起きているのなら、彼女をひとりで帰らせるのは躊躇われる。せめて北と東の境界線まで、送ることにした。
棚からソウルストーンをいくつか取り出し、懐に忍ばせる。警戒しておくに越したことはない。

「行きましょうか」
「はい」

森の中では傘が上手く差せない。枝に引っかかって穴が空いてしまったりするので、フード付きのケープを羽織って合羽の代わりにした。
上着を羽織り直した水無月様と一緒に家を出る。雨の降る森は薄暗く、どことなく不気味だ。事件の話を聞いた今では、なおさら。
ぐるりと警戒のために周囲を見渡して、はたと気が付いた。ランプの明かりが一つ、こちらに近づいてきている。
ここはかなり深い森の中にあるので、迷子になった人はよく来る。今回もその類かと思い、声をかけようと口を開いた。
それを、横から伸びてきた手が遮る。

「待て、ヨヒラ」
「!?グラシャ…?」

ふわり、と傍らにグラシャ=ラボラスが降り立った。呼んでもいないのにソウルストーンから出てきた彼は、雨の中揺れるランプを睨んでいる。

「血の匂いがする」

その言葉に、私と水無月様は弾かれたように目を合わせた。
おそらく、二人とも思いついたことは同じ。

「事件の…」
「…犯人…?」

ぱしゃり、ぱしゃりと水溜りを踏みしめながら歩いてくるその人物は、左手にランプを、右手にグラシャ=ラボラスが持っている鎌と同じ大きさの鎌を携えていた。
黒曜石のように黒いその刃には、真っ赤な血がこびり付き、地面に赤いまだら模様を描いていた。
その量は、人ひとりが流せる量をはるかに超えていた。

「……っ!!」

水無月様が息を呑んだ音が聞こえた。
暗闇から出てきたその人影は、返り血で全身を染めていてとても見れたものではない。
だけど、私は。

「…あな、たは…!?」

水無月様とは全く違う理由で、目を見開いた。
だって、その人は。彼は。
私は、彼を知っている。

「あれぇ…?」

彼もこちらに気づいたのか、こてんと首を傾げながら視線を向けてきた。
そして私の姿を見ると、確かに、唇に弧を描いて、笑った。

「アハ、ヨヒラだ…久しぶり」

その甘ったれるような声と、無邪気そうに笑う顔に、私は背筋が凍るのを感じた。

【Don't like it, hate it】
 (嫌いだからとか、憎いとか)
 (そんな感情は、理由じゃない)

To be…
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