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この島は、4人の魔女が勢力を競っている。
だけども、その4つの勢力のどこにも属してない場所がある。
それが、贖罪の塔を中心とした中央広場だ。そこでは所属ウィッカなどは関係なく、アナザーは互いに他愛もない話をしたり、ゲームをしたりして交流を深めている。
そんな場所で近頃、ひとつの噂が流行っているらしい。
それは、塔を探索していた一人のアナザーがもたらしたものだった。
その人曰く、塔の中で迷子になり出口を探していた時のこと。
入り組んだ迷路のようになっている塔の中で、子供の泣き声のようなものを聞いたというのだ。
不審に思い、その声の方向に向かってみると、そこには小さな鉄格子が嵌められた扉があったのだ。
声はその扉の奥から聞こえてくる。まずは鉄格子の隙間から中を覗いたが、真っ暗で何も見えなかった。
もしものため、と武器を構えながら扉を開くと、その部屋にはやけに冷たい空気が充満していて、ひどい血の匂いがしたらしい。
松明で照らしても部屋の全貌は見えず、ただただ臭う強い血の香りに不快感は最高潮にまで達した。
もう部屋を出よう、見なかったことにしよう、と足を翻した瞬間、「それ」は聞こえたという。

「出してくれて、ありがとう」、と。

それは、少年と青年の境目のような声だったという。
え、と疑問とともに部屋を振り返ると、そこにあった闇はなく。
壁には赤黒い何かで「出して」「返して」「あの子を」といった文字が殴り書きされていた。
そして床には、そこが水浸しになるほどの量の血液がぶち撒けられていて、そこから塔の出口までまっすぐ、赤い足跡が続いていたのだという。

「…つまり、塔のなかにいた何かが出て行ったってことですか?」
「そう考えてる人が多いね。問題なのは、それが『何か』ってこと」

サクリ、とクッキーを齧りながらヨルヤは噂話の概要を語った。

「デビル…じゃないんです?それか…グレディ?」
「歳はわからないけど男の声だったって言われてるから…グレディはないと思うよ」
「その声って、他の人は聞いてないんですか?あと、その部屋っていうのも怪しすぎです」

調査隊とか組まれなかったんですか?と聞くとヨルヤは首を横に振った。

「見つかんないんだって」
「え?だって、足跡…」
「消えたって」

あったんでしょう?と私が問う前に、ヨルヤが言った。
待て。消えた、とは?

「その人が足跡を辿って外に出たら、足跡も消えちゃったんだって」
「なんですかそれ。その噂が本当だって証明できる要素ゼロじゃないですか」
「だから噂なんだと思うよ」
「考察する意味あるんですか、それ…」

私もクッキーに手を伸ばし、口に放り込む。甘さが控えめなのは、お茶会の時に持って行ったとき、甘いものが苦手な人でも食べれるようにと思ったからだ。我ながら絶妙な加減だと思う。
しかし、今現在、私はその甘さに酔いしれることはできなかった。
なぜなら、カエデが消えていった台所の方から…突き刺すような刺激臭が漂ってきているからだ。
カエデと私は模擬戦もだが、お菓子作りに関しても半ば戦友のような間柄だ。お茶会が開かれるたび、お互いにレパートリーが増える程度には。
そしてカエデは、甘いもの以外に得意としている料理がある。
それが。

「できたよー!辛さ∞愉悦麻婆豆腐!!」

彼女が持つおぼんの上で煮えたぎる、赤を通り越してもはや黒いダークマター…麻婆豆腐だ。私はあれを食べ物とは認めない。あれはもはやテロだ。
そして、そのテロが私の家の中で行われたのならば…それを排除する権限が、家主である私にはある。

「…グラシャ=ラボラス!!」

服のポケットに忍ばせて置いた石を…ソウルストーンを取り出しながら私は叫ぶ。
ソウルストーンは、デビルを封じ込めた不思議な石だ。私たちアナザーと共鳴することによって、彼らはその美しく小さな牢獄から出ることができる。
私が今呼び出したのは、水色の刃を持つ鎌を携えた、金髪の青年デビル・グラシャ=ラボラスだ。
彼は石から飛び出すと、気だるげそうにあくびをひとつ漏らした。

「ふぁあ…どうなさった、ヨヒラ。模擬戦か?」
「グラシャ、その鎌貸してください!」
「へいへい。どーぞ」

グラシャ=ラボラスから鎌を受け取り、私はカエデに向かって…その手の中にあるテロ兵器に向かって、その刃を振り下ろした。

「人の家でテロを起こすなぁあああああああああああああああああああっ!!」

大地を裂くと言われているグラシャ=ラボラスの鎌は惚れ惚れするような切れ味でカエデが持っていた料理を分断した。背後で持ち主であるデビルが「あーあ」とため息混じりに呟いていたが、聞かなかったことにする。
咄嗟に背後に引いたことで自身は被害を逃れたカエデは、二つに割れたお盆を見ながら悔しそうに呻く。

「くそ、まだテロレベルか…自然災害には程遠いか!?」
「そんなもの作ったら今度は貴方を真っ二つにしますよ!?」

っていうか、そんなもんが自然発生してたまりますか!!
そのまま私とカエデは模擬戦という名のガチバトルに発展し、その噂話についてはまた後日ということになった。
集落へと戻る二人を見送り、私は空を見上げる。月は出ているが、雲が多い。肌にまとわりつく空気も、どことなく湿気っぽい。

「一雨来ますね…」

中央広場の方へ出かけようかとも思っていたが、やめておいたほうが良さそうだ。
そう思い、自分も部屋へ戻ろうと踵を返した。

「ん?」

『それ』を見つけたのは、そんな時だった。

【Clap your hands and step】
 (まるで手を叩いているかのように)
 (雨は地面に降り注ぎ、私たちは足音を刻むのだ)

To be…
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