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私は人間ではない。私はアナザーだ。
デビルたちは私たちのことをホムンクルスと呼ぶ。人工的に生み出された命。とある計画のために造られた存在。
正直言って、そんなことを言われてもわけがわからないし理解しようとも思わない。
私は、私の母様の願いを叶えるだけだ。
この島には魔女と呼ばれる方が4人いて、それぞれが東西南北を司っている。
北のクピドゥス様。
西のイーラ様。
南のミセリア様。
そして私を生んでくれた、東のクルーデリス様。
それぞれの魔女に生みだされたアナザーはウィッカと呼ばれる組織に所属し、母たる魔女のために行動している。
私なら、クルーデリス様のために、だ。
この島を他の魔女のウッィカよりも先に支配すること。そして、島の中央に聳える贖罪の塔の頂上に辿り着くこと。それがクルーデリス様の望み。
目覚めて間もない私は力も弱く、たいしたことはできないが頑張っているつもりではある。
こうして、北のウィッカの領土にほど近い森の中に住居を構えているのもその一環である。
ここなら東に入り込もうとする北のアナザーたちが使う道を窓から眺めることができるのだ。片っぱしから襲いかかっても勝てないときは勝てないので、静観することもあるが。
それに一日中監視しているわけでもない。そこまで戦うことは好きではないし、まだまだ私は弱いし。どちらかというと塔のそばにある、どのウィッカの領土でもない交流所に遊びに行ったり、自宅でのんびり過ごしたりすることのほうが好きだ。
今日は、後者の気分である。

「ふぁあ……。ねむーい…」

二階の寝室として使っている部屋の床をゴロゴロと転がる。長い髪は解いたままで、床に広がりカーペットのようになっている。
この島は常に夜だ。朝日というものは昇らない。時間という感覚もあやふやになりそうになる。起きているから昼、眠くなってきたから夜、目が覚めたから朝、と私は大雑把な毎日を過ごしている。こういうのを、自堕落というのだろうか。
つい先ほど目覚めたばかりで、朝食も食べた。だけど眠い。何もしたくない。働きたくないでござるーと意味不明なことを呻きながらゴロゴロと転がる。自分の髪の毛が体に巻きつき、ミノムシのようになるが気にしない。

「あー…、今日はなんもしたくないかもですよー」

自分しかいない部屋で、独り言。私は一人暮らしだ。森の中で女の子が一人暮らし。
仲のいい友人は遊びに来てくれたりするし、寂しいってことはない。むしろひとりでいることを好んでいるのでむしろいい。だけど暇なときはとことん暇なのだ。暇すぎるんです。
暇というものは時に人を殺すのです。人じゃないけど。アナザーだけど。

「んー…暇、ですねぇ…」

つぶやいても一人。
一人のはずだけれど、一階の方に何かの気配がする。
森の奥にあるとは言っても、玄関に鍵はついている。この家の鍵を持っているのは、限られたアナザーだけだ。
私の友人だけ、だ。
交友関係は広い方ではないが、それでも仲のいい相手というのは何人かいる。そのうちの一人は別のウィッカの方で、メッセージによるやり取りを行っている。私の家がウィッカ領土の境界線近くにあることもあり、たまに遊びに来てくれることもある。
だけど、その子ではない。そう私は直感する。
なぜなら、階下にある気配は二つだからだ。
私の友人の中で、二人で私の家を訪ねてくる奴らといえば、例外はない。
面倒だが、早めに対処しないと私の家が大変なことになる。それは過去の経験からわかりきっていたことだった。

…過去といっても、一ヶ月ほどしかないのだけれど。

体に絡まっていた髪の毛を解き、愛用の髪留めでゆるく結ぶ。ベッドサイドのテーブルに置かれていた目枷をヘアバンド替わりにし、その横に置かれていた石のうち一つをポケットに忍ばせて私は寝室を出た。勝手知ったる自分の家だ、足音をなるべく立てずに階段を下り、リビングへと向かう。
まぁそこには、予想していた通り、私の友人が二人いるわけで。
一人は棚を、もう一人は自分で持ってきたのであろう袋をそれぞれ漁っていて、こちらに気付いた様子は全くない。
そのことに小さくため息を吐いて、私は二人へと近づいた。

「こら、不法侵入者。勝手になにしてるんですか」
「うわっひゃぁ!?」
「あ、ヨヒラおはよー」

盛大に驚いて面白い反応を返してくれたのは、長くウェーブがかかった水色の髪の少女。反対に、全く動じず呑気な挨拶をくれたのは青緑の髪の、どちらかといえば女性に近い少女だった。二人とも、私よりあとに生まれた、同じ東のアナザーである。
水色の髪の少女が、野々原 楓。
青緑の髪の女性は、神永 夜弥。
生まれた時間で言えば、私がこの中では一番年上になる。それも数日程度の差ではあるけれど。
生まれたばかりのアナザーは、はっきりとした自我が芽生えるまで魔女様のお屋敷で寝起きする。早いものは数日で明確な意思を手に入れ、お屋敷を出て自分ひとりでの生活を始める。とはいっても、お屋敷から程近いところに集落のようなものがあるので、多くのものはそこに行くのだけれど。ふたりもそうで、私のようにウィッカの外れに住む者は極めて稀だ。ちなみに、ウィッカの中でも上位に入る人達…所謂ランカーの方々は本当にお屋敷のすぐそばに住んでいる。
生まれた時期が近かったせいか、私たちはお屋敷で過ごしていた期間のほとんどを3人で過ごした。バトルの訓練や、塔の攻略、デビル集めなどは、今でも協力して行っている。
その際の集合場所が、何故かいつも辺鄙な場所にある私の家なのが未だに腑に落ちないけれど。

「で、今日は何しに来たんです?模擬戦なら今度にしてくださいね、気分じゃないので」
「おーい、俺の挨拶はスルーか」

ひどいなぁ、とさして拗ねた様子もなくヨルヤが笑った。「あのねぇ、」とヨルヤの方を向くと…その口の周りには食べ物のカスがついているのが見えた。そしてヨルヤが漁っていた棚の中に入っていたものを思い出して、私はさーっと血の気が引くのを感じた。
待って。たしかそこは、作ったお菓子を保管しておくためのものだ!

「ちょっと、そこに入れておいたお菓子食べたんですか!?」
「おう!美味しいなこれー」
「今度のお茶会の時に持っていこうと思ってたギモーブですよ!まだ試作だったのにー!!」

可愛らしい花柄の袋とリボンでラッピングしておいたはずのお菓子はもう影も形もなく、ほとんどがヨルヤの胃に収まってしまった後のようだった。キッとヨルヤを睨みつけ、「どうしてくれるんですか!」と抗議するもヨルヤは最後の一つであろう薄いピンク色のギモーブを手で弄んでいる。

「んー…。これさ、マシュマロとどう違うの?」
「マシュマロは香料で味をつけたメレンゲをゼラチンで固めたもの!ギモーブはフルーツピューレにゼラチンを加えて、泡立てて固めたもの…なんですけど、めんどくさいからメレンゲでやったんです!て、食べないでください!!」
「うん、よくわからん!」
「あぁあ、最後の一個!」

ぽい、とヨルヤの口に放り込まれた四角いお菓子を、私はがっくりと肩を落としながら見送ることしかできなかった。
もぐもぐとギモーブを咀嚼したヨルヤは、「ごちそーさまでした」と手を合わせた。嫌味も含めて「お粗末さま」と返す。畜生、せっかくうまくできたと思ったのに。

「あーあ、また集落にまで材料買いに行かなきゃじゃないですか…ヨルヤのバカ」
「えー、試作だったんだろ、あれ?完成品じゃないんだからいいじゃん」
「食べてもらおうと思ってた人がいるんです!」
「…はっ!?なにそれ、ヨヒラってば恋人でもできた!?」
「なんだと!?」

待て、どうしてそんな風に話が飛躍する。
だいたい、アナザーに生殖機能はない…と魔女様は仰っていた。そんな私たちが恋人を作ったとして、いったいどうなるというのだ。結婚でもしろと?
まず、食べさせたい相手というのは同性だし、何より他のウィッカに所属している友人だ。そう素直に告げると、このふたりはきっと不機嫌になる。他のウィッカのアナザーと文通したりすることを、彼女たちはあまり快く思っていないらしい。
なので、私は話をはぐらかすことにした。

「そんなわけないです!って、カエデも食いつかないでください!ふたりは本当に何しに来たんです?」
「え…っとね、変な噂聞いたから、考察合戦ついでに食事作ろうかなって思って」
「うわさ?」
「そう。待ってて、作っちゃうから。ヨルヤ、簡単に話ししておいて」

そう言って、カエデは自分で持ってきたらしい袋…おそらく、食材が入っているのだろう。それを持って台所へと消えていった。
その姿を見送ってから、私は改めてヨルヤへと向き直る。とりあえず椅子に座れと促し、食べられても問題ないお菓子をテーブルに並べた。

「で、噂って何ですか?」
「うん、中央広場で広まってるんだけど…」

ヨルヤが話しだした噂に耳を傾けながら、私は窓の外へと目をやった。
そこには、天を突くように伸びる、巨大な塔が森の木々の隙間を縫うようにそびえ立っていた。

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