炎の蜃気楼/直江受

□弱み
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「高耶さん、寝たんですか?」

電気が落ちたうす暗い部屋で、直江は高耶の寝顔を見下ろしていた。
さっきまで飲んでいたビールとつけっぱなしのテレビを横目で見ながら直江は微笑んだ。

「今日は一日お疲れ様です」

高耶の前髪をくしゃっと触るとふとんをぽんぽんと叩いて洗面所へと向かった。

「…俺もさすがに疲れ…たな」

ネクタイを外しながら、おでこに手をやるとかなり熱い。
熱でふらつきそうになる体を一生懸命立て直しながら、ぎゅっと拳を握る。

「直江の過去が知りたいんだ。俺のいなかった28年どう生きてたのか…」

そう言って無邪気に笑う高耶だったが、直江は内心穏やかではなかった。
私が28年どう生きてきたかだなんて、あなたに絶対に知られたくない。
真一文字に切られた手首の傷を静かに触る。

…明日まで持たせなければ…。

明日の朝、高耶を松本まで送り届ける予定だがそれまでは自分の体調になど構ってられない。

高耶の前では弱くて愚かな自分など見せてはいけない。

あの人を愛していることなど悟られてはいけない。

とりあえず体調をごまかすために解熱剤を飲もうとコップに水を入れた瞬間、体がぐらりと床に沈んだ。


まずい…!




時計は午前3時を指していた。隣のベットに寝ているであろう男の姿を探す。

「直江?」

ベットは空だった。
ただでさえ無理をしやすい男だ。
少しでも休ませないと…そう思った瞬間、洗面所から明かりが漏れていることに気がついた。

なんだ洗面所にいたのか。
そう安堵したのもつかの間だった。

洗面所の床にうつぶせで倒れている直江の姿があった。
高耶は血の気が全身から引くのがわかった。

「直江!直江!!しっかりしろ!!!直江!!」

かけよって体を持ち上げると、額には汗が滲んでいて、手をやるとひどい熱であることがわかる。

高耶は直江をベットまで運ぶとシャツのボタンを外した。
額に水を含ませたタオルを乗せる。
熱を計ると38.7度もある。

「ばっ…かやろう。なんでこんなになるまで言わなかったんだよ」

イライラしながら直江の顔を見る。
熱で相当辛いらしく、直江は荒い息遣いで顔を歪めながら寝ている。

もしかしたら過去にも熱があるにも関わらず平気な顔をして、自分と接していたことがあったのかもしれない。
いや、絶対にあったはずだ。
こいつは自分の体のことなどいつもお構いなしだ。

基準は…

「俺…」

俺のことなんかどうでもいいのに…

「かげ…とらさ」

直江が寝言でなにかを呟いた。

「直江?」

「どこ…?」

「え?」

「どこに…いる
おれを…一人に…して」

「!?」

高耶と出会うまで直江は28年一人で生きてきた。
その苦悩は高耶には想像もつかない。
普段は時計で隠れて見えないが、左手にあるためらい傷を見る度に心が痛くなる。
さっきは何気なく聞いてみたが、本当に直江の本音を聞いてみたかった。
いつも穏やかだけど、見え隠れする苦悩…。
それを背負わせたのは自分なのかどうか確かめたいと思った。
できれば救ってやりたいと思った。
二人の間に何があったのかを知りたい。
真実を知りたい。

汗でべたつく前髪を手でそっとすいてやる。

「直江…」

その瞬間、直江の体がビクッと大きく跳ねた。
それに驚いて手を離した。

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