☆中編

□ジグソーパズル(仮)2
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あれはいったい何だったのかしら……。


あの時、確かアタシは怒っていて、そんなアタシを茶化す乱馬を睨んでいた。

で、どうだったかな……。

あ、そうそう、急に乱馬の顔が近づいてきたから驚いて、なんだかんだで気付くと乱馬とキスされてまして、けっして自分の意志はそこに無いんですよ。うん。だから、あれは事故なの。いーや、乱馬は意図的だったからアタシは被害者。だから何も悩む必要が無いじゃない。
やだやだ、悩んでなんかいないし!!

「ばっかじゃない」

って、誰にアタシは言ってんの?
でも明らかにあの時から心臓の様子がどうも可笑しい。

あの日のシーンが過っただけで急にきゅぅっと締め付けられるような感覚に、呼吸が止まりそうになるから考えないようにしたいのに、どうしてもあの乱馬の切なげな顔を見上げた景色が頭の中を占領する。
重なる寸前に、乱馬のお下げ髪がはらりと落ちてきて、頬をかすめた。アタシはくすぐったくて目を細める。そして……。

「思考回路ストーーーップ!!!!!不可抗力よ。あのキスは!!もうっ!!」

って、思い出す度に顔から火がでそうなのに、そんなアタシの気持ちを知らない乱馬は何事もなかったようにいつも通りに接してくる。
彼にとっての”キス”は、あまり意味を持っていなくて、何となく”した”だけなのかもしれないと思いだしたら、段々と傷ついている自分がいた。
だからあの日の出来事を何とか自分なりに解釈しようとしてみてもなかなか思うような答えは見つからない。

乱馬と重なった唇を指先で触れる。

そっと触れ合った唇は徐々に熱を持ち、開いた唇から溶けた舌を舐められる甘く苦しいそのキスがまた勝手に脳裏で何度も再生される。


そもそもどうしてアタシは抵抗しなかったんだろう。
軽率な行動だった。
キスなんてものは好きな人と好き同士になって初めてしていいのに、乱馬とキスしていた。
どんなに都合よく解釈しようとしても乱馬が強引に押し倒してきたワケじゃない。ぶっちゃけ、その後だって抵抗すらしなかったじゃない。

「はぁ……。」
「どうしたの?あかねちゃん。ぼーっとしちゃって。それにため息ばかりついてたわよ。はい。これ、さっき畑で採れたばかりの野菜ね」
「あっ、津田さん。いつもすいません」

仕事を片付けて帰ろうと自転車を押して歩いた所に名前を呼ばれ、視界に津田さんが入った。
そしていつも新鮮な野菜をくれる津田さんが笑顔で手いっぱいの取り立て野菜を渡してくれた。

「遠慮せんでいいから。それよりなんかあった?何度も声掛けても返事もせんし」
「いえなんでもないです。ちょっとした考え事していただけです。たいした事じゃありません」
「そう?だったらいいけど、それより今あかねちゃん職場の男性の人と一緒に暮らしてるらしいね。そっちは大丈夫?」
「………あっはい。ただの社宅ですから。一緒に暮らしてるってワケじゃないですから」
「まあ、何かあったらなんでも相談してよ。みんなあかねちゃんの味方だから。じゃあね」 

そう言うと、津田さんは笑顔のまま去っていった。
大丈夫じゃないって言えばきっと乱馬はあの家に居れなくなる。村のみんなから問い詰められ村からも追い出されてしまう。
アタシの気持ちはまったくもって大丈夫じゃない。けどみんなが心配してくれるであろう危機的状況の"大丈夫じゃない"ではなく、誰にも知られたくない”大丈夫じゃない”で、出来れば一生秘密にしておきたい。

それより、津田さんの存在も声をかけられるまで気が付かないんだから、実は悩みは思いの外深いのかもしれない。
どっちにしても、いきなり現れたんだから、いきなり居なくなるかもしれない乱馬に深入りはしないでいるのが一番いい。
考え込み過ぎると底なし沼に嵌って抜け出せなくなる。それは、負のスパイダルだ。と何かで読んだ事がある。
それを思い出した途端、薄暗い森の奥にある底なし沼の手前で自分が立ち尽くしているように思えた。


そもそも乱馬って何者なんだろう。

そういえば乱馬ってここに来た理由は、確か探してる人が居たとか言っていたっけ?
誰なんだろ。
あの写真に写っていた女の子かな。兄弟?
でも会えないとか言ってた。

その人は乱馬にとってどんな存在?
その人の手掛かり次第で乱馬はこの村から出ていくのかな?。

「誰なんだろ……。」

知りたい。
そう思う欲求が急激に湧いてくる。

彼を知りたい。
もっと良く知れば、あのキスにも納得出来る”答え”が見つかるかもしれない。

「あ……。」

そう言えば、記憶ある中であれはアタシのファーストキスだ。
というより昔のアタシはそういう事をしたことがあるのか考えた事もなかった。








「ったく。また何かしくったわね。乱馬くん……。」

呆れきった声にため息を付け加え、陰から腕を組んで見ている先には、顔を真っ赤にして怒りを露わにしている妹を更に挑発するような態度で捲し立てている許嫁がいる。
流石に今日はシャッターチャンスが無い事は容易に判断出来て、手に持ったデジカメの電源を落とした。
一体、くだらない喧嘩をいつもでしているのかしらと、切れ長の目を細めて様子を伺っていると、怒りの頂点に達した妹が許嫁の頬を殴り、お決まりの”乱馬なんて大嫌いっ”と吐き捨てて、その場を去っていった。

残された許嫁は、痛さにうずくまるも直ぐに立ち直り、不貞腐れ鼻息を荒していた。
そもそもの喧嘩の原因はわからずも、悪いのは大方彼の方だろう。
誤解を生むような行動をしたか、はたまた妹を傷つけるような言葉を無神経に言ったか恐らくどちらかに違いない。

昔からよくある光景ではあるものの、悪く言えば、昔から変わらない。すなわち成長が無いという事だ。
それを長い時間見つめている方としては、自分に利得が無いモノには興味のないとはいえ、目に留まる。
それに、かわいい妹が最近あまり元気が無い。
二人の問題に口出しするのは野暮だと分かっていても一言忠告だけはしてやろうと陰から姿を現した。

「ちょっといいかしら?」
「……なんだよなびき。見てたのかよ」

少しバツの悪い顔をして反抗的に返事をした。
その態度は、ある程度何を言われるか予測しているようだった。

「なんであかねがあんなに怒ってるの?」
「別にたいした事じゃねぇよ」
「たいした事じゃないと思ってる事がアンタ達のズレ。ケンカが大きくなる最大の原因ね」
「……うっせ。なびきには関係ねぇだろ」

喧嘩の内容ではない、その根底の原因を一言で纏めあげたなびきに言い返す言葉が見当たらず、目を伏せた。
素直になれないのはお互い様、どっちがきっかけで喧嘩になっても折れれば負けた事になる。少なくとも乱馬はそう思っているとなびきはわかっていた。それでも許嫁であり続けていたのだから、とりたて口出しする必要もない。
でも、最近の妹の感情に変化を感じ始めていた。

乱馬がこの家で暮らすようになって、天道家の環境は目まぐるしく変わった。そしてそれがいつのまにか当たり前の日常に変化し気付くと二人はもう高校の卒業を迎える。
姉ながら、とても感慨深いと思う。おそらく東風先生を想っていた高校生になりたての幼い女の子だった妹が、少し大人びてみえるたのは何時頃からだったか。
妹は、確実に、大人の女性に近づいている。身体も、精神も。
そして、高校生活の卒業は成長という背中を強く押すものだと本人自身も感覚的に悟っていた。

ただ、もっと強くなりたいと願う乱馬にとって、その卒業はただの通過点にしか感じていないのが、なびきもわかっていた。
乱馬は法律上、結婚を認められる歳になる。
最初に結婚をリアルに意識していたのは、あかねでもなく乱馬を取り囲む彼女立ちだ。それに引きずられるようにあかねもでもが意識し始めた。
色んな事をはぐらかしていた乱馬を昔ほど寛容に見ていられないのは、誰にだってわかる。些細な事でも前より不安になってしまうなんて、きっと今の彼にはそのズレが理解出来い上に気付けないだろう。

「ま、乱馬くんにはちょっと難しいかもしれないけど、可愛い妹を不安にさせないでくれるかしら」
「……。」
「このままだと、身体目当てなんて思われるわよ。あっ、もう思ってるかも」
「なっなんで!?」
「あ〜ら。気付てないなんて思ってた?そんなことより、許嫁続けたいなら、もっと考えなさい。色々と真剣にね」

驚き無言の乱馬に笑みをこぼして、なびきは部屋へと戻っていた。
背中からは、乱馬の答えは返ってこなかった。



いつもなびきは核心をつく。
というより核心しかつかない。それ以外の無駄な言葉を付け加えないから、余計にずしっと突き刺さる。

「わかってるってぇの……。」

あかねの不安が自分にある事はわかっている。
ただ、このままでは駄目だと思っていても現状を変えるのは何故か億劫になってしまうのだ。
自身の中であかねしか考えられないと思っていても、それを口に出来ない。
それを言葉にせず、あかねの身体を知りたい欲求をぶちまけた。
一言で言えばズルい。ただオレにも言い分があるという言い訳で、逃れてきた。
冷たい風が、乱馬の横を通り過ぎた。
今年も残りわずかだ。

誰を守りたくて強くなってると思ってんだ。
それが答えだろ。あかねのバカ。

と、また都合よい言い訳をした。
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