☆中編

□ジグソーパズル(仮)
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萌黄色の草木が風に揺れ、隙間から光が漏れる度に眩しくて思わず目を細める。
でも、それがとても心地よくて何度も頭上を見上げてしまう。

あれから、何度目の春かしら……。

少し考えるも、そんな事なんてどうでもイイくらい気持ちのいい天気だ。

「さーてと、もうひと頑張りしますか!!」

お昼休憩も残すこと、あと5分。
戻ってやりかけの書類を早く仕上げてしまおうと、意気込んだ。その前に買い出しに行く予定にしていた。
まずはそれを終わらせるのが先決だと駆け足で事務所に向う。

「あかねちゃーん、今日もかわいいねぇ」
「ありがとう、山田さーん」
「裏の山で竹の子が取れたんよ。たくさん炊いたから、おすそ分けに置いとるからね」
「うっわぁ、何時もすいません。池田さん」
「そんなに慌てんでも、急ぎじゃないからのんびりやればいいからね」
「大丈夫です!!谷本さん」

ここのみんなはとても暖かい。
そして、のんびりした時間がながれてる。
景色だって最高だ。緑も多くて空気もきれいで騒音も少なくて人工的な光は少ない。日が昇れば起きて、沈めば寝るだけ。
なんとも人間らしい生活だなと思う。

その村に唯一ある町工場の事務員として、アタシは勤めているのだ。

工場の雑費品を購入するためにスーパーマーケットだって遠い。自転車を全速力で走らしても20分は固いその長い道を進めば、必ず誰かに話し掛けられる。

「あかねちゃん、ウチの孫の嫁に来てよ」
「もう!!お孫さん、まだ5歳じゃないですか」
「そういわず。家族になってくれよ」
「はいはい、また遊びに寄りますねー。」

こう言ったお誘いはしょっちゅうある。
こんな田舎で一人暮らしのアタシを不備に思ってくれているのかもしれない。
別に一緒に暮らさなくても、ここではみんな家族も同然なのに。

寧ろ、得体の知れないアタシは一人の方が良いに決まっている。
だって、アタシには、

「あかねちゃーん。調子はどう?」
「はい、最近は凄く良いです」
「そう。少しは何か思い出した?」
「ははっ。それは全く……。」
「無理して思い出さなくても、あかねちゃんはみんなで守るから」
「ありがとうございます。その言葉でどれだけ救われたかわかりません」

記憶がないのだ。


どうして何故ここに居るのか。
家族が居るのか、何処に住んでいたのか。何もかも覚えていない。

アタシの初めての記憶は病院の天井で、その白さが今でも鮮明に思い出せる。

後から聞いた話しだと、その病院のベットでかなり長い時間、昏睡状態だったらしい。
手荷物に油性のペンで書かれた”あかね”という文字以外、身元を証明するものは何もなかったようでどうする事も出来なかったのを、ここの村の人たちのご好意で何とか一人生活が出来るまでになった。

実際、自分があかねという名前かどうかも覚えていない。

病院に運ばれた時、アタシはまるでどこかに篭るような、修行のような女らしくない恰好をしていたそうだ。
唯一のアタシの荷物の中に、胴着が入っていた。
女なのに一人で修行?まさか山に修行しに来たって事?
アタシはどんな性格をしていたのだろう?確かに、髪の毛もショートだったし男勝りな性分だったのかもしれない。

勿論、何もわからないという事に何度もくじけそうになった。
考えても考えても、手掛かりになるモノがない。誰かアタシを知ってる人はいないかと叫んだ事もあった。

けど、何も得る事はなかった。

そして思い出すという行為を諦めた。



やっと買い出しから事務所に戻り、愛車の自転車を軒下に止めトイレットペーパーだとか洗剤とか篭に入れていた荷物をよいしょと持ち上げた。
後は残った書類を片付けるだけ。それでも一つ大きな仕事を成し遂げた感で一呼吸していると、油で汚れたつなぎ姿の工場長である近藤さんがその荷物を見た途端、駆け足で寄って来て荷物を取り上げてくれる。

「お疲れだね、あかねちゃん。言ってくれたら若いモンに軽トラ出させるのに」
「いいえ、いいんです。仕事の邪魔は出来ません」
「たまには甘えてくれてもいいんじゃないか?みんな家族みたいなもんだんだから」
「いつも甘えてますよ。だから出来る事はちゃんとやります!!お給料も貰ってるし」
「またそういう事を言う」

体系も顔も強面の近藤さんのチャームポイントでもある太い眉毛を思いっきり下げた。
これは彼の中で言い返せない時の表情だ。
それが可笑しくて、アタシはクスリと笑った。

「それよりもあかねちゃん、最近はあの山に入ってないよね?」
「あ、はい」

以前、アタシがある山のふもとに倒れていた所を発見したと訊いて以来何度か足を運んでみたものの、何も見つかるわけなくここ数か月は近寄ってもいなかった。

「だったらよかった。最近あの山に変なモンを見たって言ってるヤツがいるんだ。それも何人も」
「変なモノ?野生のイノシシとかです?」
「それがよくわからんらしいんだ。獣なのか人なのか。動く何かが見えたしか誰もいわねぇんだよ」
「はぁ」

なんだろ。そんな事言われたら気になっちゃうじゃない。
なんて思っていたら、少し強い口調で近藤さんが釘を刺した。

「駄目だからね、見に行ったら。これは忠告だよ」
「あ、はい。わかりました」

どうもアタシは顔に出やすいらしい。そしてそういう事に興味を掻き立てられるみたい。
首をすくめて返事をすると、本当にわかってる?と苦笑いされた。

「あ、あと、今日から新しいヤツが入る事になったんだよ。あかねちゃんと同じぐらいの年じゃねぇかな」
「え?それはまた急ですね」
「だろ?いきなり来てここで雇ってくれないかって熱心に言ってきてね。こんな村に若いヤツが来るにも驚いたけど、まあうちも年寄りが多いから若い力があっても良いだろうって社長が」
「それっていつの話しです?」
「ついさっきだよ。あかねちゃんが居ない間じゃねぇか」
「そんなどこの誰かもわかんない人を??危ない人じゃない?」
「ん……まぁ、最初は社長も門前払いで断ったんだけどね」
「近藤さんは反対しなかったの?」
「あそこまで熱心に悲願されたらなぁ」

確かに、ここの工場の若手といってもいいおじさんが殆どだけにアタシと同じぐらいとはかなりの若手になる。
それよりも、いきなり現れて雇ってしまう社長も近藤さんもお人よし過ぎる。
そう思うと思わず鼻息が荒れてしまう。

「なんでこんな村でわざわざよ?何かあるに決まってるわ。ソイツどこに居るの?アタシがちょっと言ってくる」
「まぁまぁ、ちょっと待って。本当に危ないヤツだったらあかねちゃんに会わせる方が危ないだろ」

自分でもわかんないけど、何故だかソイツに文句の一つでもいってやらないと気が納まらない。
いつもはあまり感情的にならないアタシは阻止しようとする近藤さんを振り払って、工場の方へ足を向けると見知らぬ男が険しい顔して立っていた。

「あ、あかねちゃん、彼だよ。丁度いい、早乙女くん。この子はねうちの事務員だから」
「……。」

近藤さんは慌てて素早くアタシを紹介するも、その早乙女と言われた男は何も言わずアタシを鋭い視線でマジマジと見つめる。
ほらごらんなさい。あの目!!
絶対何か企んでいるに違いないわ!!

「アタシの顔に何かついてる?悪いけどアンタみたいな怪しい男、ウチはお断りよ!!今から社長に言ってくるんだから」
「ま、待ってって、あかねちゃん!!」
「いいの。言わして。みんな言えないからアタシが代わりに言ってあげる。あのね、こんな村にいきなり現れてここで働きたいって可笑しいでしょ?何企んでるのよ?アンタ何者?」
「……。」

アタシの脅しも表情を変える事なく物ともしない男と、暫し沈黙が続いた。
そして、少し口角を上げて笑ったように見えた瞬間、男が口を開いた。

「可笑しくもねぇし、企みなんてねぇよ」

「噓ばっかり」

「そして、オレは……オレの名前は早乙女乱馬。知らねぇか?」

「早乙女……乱馬」

初めて聞く名前だった。







※続くか未定※
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