☆中編

□続・Hの距離感
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『天道あかね様へ…おめでとうございます!』


アタシ宛てに届いた薄っぺらい封筒を、部屋のベッドにもたれながら何の気なしに開いてみると、何かに当選したらしい文字が羅列されていた。

「何を応募したんだっけ?」

思い出しながら続きを読み上げた。

「え〜と…忙しい毎日を忘れて、二人で贅沢なディナービュッフェ……。」

そういえば先月雑誌に載っていた、去年オープンしたホテルの一周年記念キャンペーンか何かに応募したっけ…。

あそこのホテルのレストラン、美味しいってウワサだけど、とてもじゃないけどお小遣いで気軽にいけるような所じゃない。
でも、タダで行けるんだったら絶対行きたいっ!

「ん〜。行きたいなぁ」

アタシはその紙を見上げて眺めながら、まだ見てもいないディナーの数々を妄想していた。


「ニヤニヤ気持ちわっりぃな」

「ぎゃぁぁぁっ!!!!!」

「な、なんだよっ、突然ビックリするだろーがっ!」

「アンタいつからいたのよ?」

「さっきからずっといたぜ」

乱馬は勝手に部屋へ入って来たのにも関わらず、何食わぬ顔してベッドの上にあぐらをかいて、漫画を手に持っていた。

「あのね、ノックして入って、って何時も言ってるでしょーが!」

「それよりなんだよ、それ」

「あっ!!もうっちょっとぉ」

乱馬はアタシの手から当選の知らせの用紙を奪って、ピラピラとなびかせた。

「なになに…え〜と、でなーぶっへ?なんじゃこりゃ?」

「もうっ!返してよっ!!」

「あらよっと」

「わゎっ!!」

その紙を奪おうと手を伸ばして掴んでも、乱馬はギリギリの所で大勢を変え、アタシは空気だけを掴んだ。

「また何か当てたのか。相変わらずくじ運いいよな。え〜と二人一組で…なんだ?」

「ブュッフェ…食べ放題が当たったのよ」

「……あかね、一緒に行ってやっていいぞ」

「ちょっともうっ!誰と行くかまだ決めて無いんだからね」

「いーじゃねぇか!オレでも!」

ホント、乱馬は食べ物に弱いわ。
別に乱馬でもいいけど、友達か家族を誘うか悩んでた。

「考えとくわよ、もういいでしょ。アタシ宿題するから静かにしておいてね」

アタシの話も聞かず、その紙をまじまじと読み込む乱馬に諦めて、机のイスに座った。

「ちゃんと封筒に入れておいてね」

「……。」

ちょっと!ムシなわけ?
そんなに興味があるのかしら?まぁ、乱馬は食べ物には目が無いもんね。
それより早く宿題を済ましておこう。どうせこの後、乱馬が写させろって言うでしょうし。

さてと、と心で呟きながらアタシはカバンから宿題を取り出して問題集を解き始めた。







あかねのヤツ、この当選内容ちゃんと読んでねぇんじゃねぇか?

"そしてディナーの後には、最高の時間を二人で…。"

って、ここで一泊するんじゃねぇかっ!!!!!

視線だけ、チラッとあかねを見るとクソ真面目に机に向かって宿題やってる。オレが行きてぇって言っても嫌がる素振りも見せなかったしな。

「……なあ、あかね。これ…。」

「なぁに?」

「なんでもねぇ」
振り向かずに生返事したあかねに、その事を聞くのを止めた。

あれから進んでねぇオレ達の関係に、あかねは知らねえだろうが、オレは悶々した日々を過ごしている。

実を言うと、あれから2度ほどチャンスがあった。でも、結局あとちょっとってぇ言う所で毎回、邪魔が入りやがるっ!!

あんな色っぽいあかねを見させられてだぞ!?オレのムスコを抑えるのがどれだけ大変かっちゅうのっ!!!


こ、こ、これはチャンスかもしれねぇ。

思わず紙を持ってる手がプルプル震えるぜ。

で、でもそれをあかねが知ったら?
恥ずかしがって友達でも誘うか…。

だったら、黙っときゃいいんじゃねぇか?


いや、そんな卑怯なマネ出来っかっ!!

大体、別にそんな事しねぇでもその内に自然とそういう感じにだな……。

「これ、オレが持っといてやるぜ」

「はぁ?なんでアンタが持っとくのよっ!アタシが当たったのよ?」

「な、無くすかもしれねぇだろーが」

「無くさないわよ、大体アンタと行くなんてまだ決めてないわよっ!」

「いーやっ!俺が持っておくっ」

「ちょっとぉ」

オレは素早く紙と封筒をポケットに突っ込んだ。

「じゃあオレちょっと道場に行ってくら」

そして、これ以上突っ込まれないようあかねの部屋から出ていった。






いつも寝る前までには、宿題を写しに必ず部屋に来るはずなのに、昨日から乱馬が部屋に来ていない。
時計を見ると、既に12時を超えていた。

今日はもう来ないわ。

最近は、ケンカした時以外は、なんとなく寝るまで乱馬と過ごしてるのが当たり前になってる。

だから、ケンカしてるわけでもないのに乱馬がいないのは寂しい気もした。


どんだけブュッフェに行きたいのかしら?

きっと、一緒にいるとアタシが返してよって言うとでも思ってるんだわ。

ホント、呆れちゃうぐらい子供なんだから。



それから何日か過ぎるといつの間にか、何もなかったかのように乱馬が部屋に来るようになった。


そして意外にも乱馬の方から、いつ頃にディナーへ行くか曜日を決めようと提案があった。
乱馬曰く、使用できる期限が間近だとかいっていた。
で、次の日が休みのほうがゆっくり出来るんじゃねぇか、なんて気の効いた事まで言っていたっけ。

予定してる場所はここから離れてるのもあって、連休の日に先週決めたのだ。


きっと大人っぽい雰囲気なんだろうなと思うと、今から緊張しちゃうけど、暫くぶりのちゃんとしたデートに嬉しくて、着ていく服とか色々と考えていると早速明日、約束の日が来ようとしていた。
どこか落ち着かないアタシは、部屋に溜まった雑誌の片づけでもして、気を紛らわそうと、幾つか雑誌を手に取って纏めていた時に、何気なくある雑誌をペラペラっとめくった。

「あっ、これだ」

"一周年記念キャンペーン"
と、ページ一杯に書いていた文字が視界に入って、あの時応募した事を思い出しながら読み直した。


"え〜と…そしてディナーの後には、最高の時間を二人で…。"


………?

えっ?これホテルにその後泊まるって事?


確認しなきゃ!
チケット!チケットは何処?
机の引き出しだわっ!


っっっって!!!!!

乱馬が持ってるんじゃないのぉぉぉっ!!!!!
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