☆中編
□Hの距離感
1ページ/1ページ
「前方よし、左右…よし!」
オレは今いる客間の部屋から顔だけ覗かし、周りに誰もいないのを確認して扉を閉めた。
「ちょっと、乱馬」
「しっ!」
薄暗い部屋でも、窓から覗く月があかねの顔がうっすらと照らす。その表情はと言うと…また?といった感じだ。
「だってよ、昨日から一回もしてねぇだろ?そ、そのキ、キスを」
「そ、そうだけど…」
押入れの中で初めてあかねとキスして以来、オレはチャンスがあればキスをしてぇと思ってる。だってよぉ、あかねがスッゲー、か、か、かわいいし、あのあかねのやわらかい唇の感触が、何度キスしても飽きねぇっていうか、もっとしてぇ。
「だ、だろ?」
「もう、バカ…」
我慢出来ずあかねを壁際まで追いつめて顔を近づけると、嫌がりはしない代わりに潤んだあかねの瞳がオレを後押しやがる。
その潤んだ瞳が閉じると同時にオレのスイッチが入る。
「あかね…」
「んっ」
ゆっくりと唇に触れるとかわいらしく吐息をもらした。
やっぱり、あかねの唇やわらけぇ…もっと、もっと、もっと、もっと、感じてぇ。
あかねの閉じた唇の奥に忍び込みたくて、顔を傾けオレの唇を強く押し当てた。
「んんんっ!」
普段と違うキスに逃げ気味のあかねをぎゅっと捕まえ、さらに舌を押し込こんだ。
「ふっぅんん」
おいおいおいおい、そんな甘い声で鳴くと止まらなくなるじゃねぇか!!!!!
「んんっ!!ぷはーっ!!もー乱馬!」
あかねは唇から離れて、大きく息をしオレの名前を呼んだ。
「あ、わりぃ。つい…」
「べ、別にいいけど、これ以上はこんな所じゃ…」
「え?」
「ここに誰か来ちゃったら、マズいでしょう?それに二人っきりじゃないのに」
「それじゃあ…」
「と、ともかく、アタシは部屋に戻るわ」
あかねは、ぼーっとしているオレを置いて、扉からこっそり周りを見渡たして誰もいないのを確認し、自分の部屋に戻っていた。
……あ、あかね?これ以上って事は……
そーゆーことだよな?????
いいのか???え、ええええっちのオッケー貰ったって事だよな!
なぁ!なぁ!なぁ!おいっ!
実はオレもそろそろ、いいんじゃねぇかって思ってたんだよ!!!
でもよ、これは流石にキスと違って二人っきりじゃねぇーと無理だよなぁ…
オレは別に今からでもしてぇけど、
「どうする?オレ?!」
その頃、あかねは…赤い顔をして、呟いていた。
「乱馬ったら、みんなお家にいるのに、長い間キスしてたら見つかるじゃない!それもあんな激しいキス…二人っきりだったらいいけど…」
あの押入れの中で初めてキスをして以来、何度かするようになったけど、なんだか乱馬の態度が変わった気がする…。
急に用事もないのに、呼び出したりとか、寝る前に部屋に来たりとか。で、思い出したかのように最後にキスをするの。気のせいかしら?
アタシは部屋のベットに腰を掛けて、さっきまで重なってた唇に触れてみた。
やっぱり、何度キスしてもドキドキしちゃう
ちょっと強引な気もするけど、乱馬からキスされるのって嫌じゃない。
でも今日のキスは変な気分になった。ドキドキとかじゃなくって自分じゃなくなりそうで、何かに飲み込まれていくような…。身体の中がキュンっとしちゃうというのが言葉として合ってる…
もし、乱馬と二人っきりになったら、こんなキスをずっとするのかな?
なんだか怖いようで期待しちゃうような不思議な感じ…。
「まぁ、二人っきりになることもないか…」
アタシは一週間後、二人っきりになることも知らず、呑気に明日の学校の準備をして寝床についた。
寒さで枯れ果てた木々達が広がる中を、冷たい風を切るように駆け抜けていた…
「てっめぇ!待ちやがれ!このクソおやじ!!!」
「やーだぴょーん」
「それはおれの晩飯だろーが!」
「これも修行の内じゃ!取り返してみろ」
「くっそっぉ、てやぁ!」
オヤジに盗られた飯を取り返す為に、森の中で追いかけ回してたおやじがオレの目の前で、その飯を見せびらかせる。それを掴もうと腕を伸ばした途端、するりとかわされた。
「甘いわぃ。それ、あーん」
「あーっ!!オレの飯!!」
「旨かったぞ、乱馬」
オレは今、おやじと短期間修行に出でいる。いきなり連れてこられたのにはぜってぇ訳があるはずだぜ!
「このクソおやじ!今回まともな修行してねぇクセに!どーせおふくろになんか言われて逃げてきただけだろーが」
「なにおっ!」
ふっ‥‥。
あの動揺からすると図星…だな。
「バカバカしい…付き合ってられっか。オレは今すぐ帰るからな!」
「好きにするがよい!」
「言われなくても好きにさせてもらうぜ」
オレはテントに戻り、隣でしつこく邪魔するおやじを無視してリュックにあれこれ詰め込み、帰り支度を始めた。
あまりにも無視されて暇に感じたのか、おやじは寝転がりいびきをかきだす始末。
「このすちゃらかおやじめ!」
ある程度支度も整い、最後の荷物をリュックに入れようとした時、コツンと硬い何かが手に当たる。それを手に取り出した。
「ん…?あ…」
”HOW TO BOOK”
オ、オレは何を持ってきてんだ。
いきなりの修行支度だったから、雑誌を一冊持ってきたつもりが…。
前にひろしから貰った”正しいHの仕方”の本を掴んでリュックにいれちまってる。
「…」
一応、おやじが寝てるのを再確認して、その本を開き目を落とした。
「自分勝手な行動はタブーです。焦らず相手の反応も確認して下さい…」
あんだけ、いらねぇって拒んだのに、ニヤニヤして”持っとけ”って強引に渡されたから、仕方なく読んでやってるんだ。
その‥折角、貰ったワケだしなっ!もったいないから3回も読んでやったぜ。
キスの時もそうだったけど、いざって時はいつ来るかわかんねぇから、こっそりとだな…知っておく事も大切じゃねーかと思ったワケで…
「持って帰ろ‥‥」
オレはその本をリュックに戻した。
「ごめんねあかねちゃん…」
「気にしてませんから楽しんで来てね。おばさま、かすみおねーちゃん」
「ありがとう。お土産楽しみしていて下さいね」
「うん」
アタシは申し訳なさそうに出かける二人を笑顔で玄関から見送った。気分転換行かない?っておばさまに誘われた一日旅行。その日は偶然にも部活の助っ人を頼まれてて断ってたんだけど、急に助っ人の予定が無くなってしまった時には既に予約済みで、アタシは留守番をする事となっていた。お父さんは組合の旅行で、乱馬とおじさまはいつ帰ってくるか分からない短期修行に行ってる。
今日はなびきおねーちゃんと二人っきりか…。
「じゃあね」
「え?まさかおねーちゃんも出かけるの?」
「あれ、言ってなかったっけ?戸締りちゃんとするのよ」
かすみおねーちゃんが作り置きしてくれていた夕ご飯を食べ終わって片づけてると、なびきおねーちゃんは一言挨拶して、そっけなく出かけていった。
「一人っきり」
これだけ大家族だと、一人で夜を過ごすなんて滅多とないし、よくよく考えると何年ぶりかしら?
アタシしかいない家で観ているバラエティー番組の笑い声が、急に無機質に感じてきて不安になってきちゃう。当たり前なんだけど、辺りを見渡しても誰もいないんだ。
「ん…」
まだ寝るのは早い時間だけと、部屋に戻ってベットに潜った。こんな日は早く寝るのにかぎるわ。
そう…明日になれば…
朝が来………れば……い……
ん…?
”ガタガタッ…ガタガタッ”って音がする…?
夢…?
頭がぼーっとしてる。きっと夢なんだわ…なんて夢なの?窓を叩く音かしら?
それにしても、鳴り止まないわ。
…まさか、現実????
アタシは耳を澄まして、ゆっくりと視線を音のする方へ向けた。
「!!!!」
窓ガラスを激しく叩く黒い影がカーテン越しにはっきりと見えるわ。アタシは相手に気付かれないようにそっとベットから出て、転がっていた竹刀を握り、恐る恐るカーテンに手をかけた。
「…せぇーのぉ!!誰!!!」
思いっきりカーテンを開けて、閉まってる窓ガラスに向かって竹刀を振り上げた。
”おい!オレだって!!”
「…ら、乱馬?」
ガラス越しから微かに聞こえる声は、確かに乱馬の声だった。