☆中編

□キスの距離感
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「じゃあ後を頼みましたよ、乱馬くん」

「あ、はい」

学校から戻ると、玄関先でお洒落したかすみさんに聞かされた事。それはオレが心待ちにしていた事。

「明日まで、家にはあかねちゃんと乱馬くんだけだから‥‥」

その後のかすみさんの話しなんざ、一つも頭に残っちゃいねぇ。
そりゃそうだろ。こないだあかねの部屋で途中止めになった続き。

”二人っきりの時にね‥‥”

その日から何日間か、情けねぇ程すげぇソワソワしてたけど、あかねはいつも通りだし、なかなか二人っきりになるチャンスなんざそんなにある訳なく、ぶっちゃけ諦めかけてた。

なのに、思いのほかアッサリと、その日を迎えるとなると‥‥

こ、心の準備が、でで出来ん。

「じゃあ戸締まりよろしくね」

「気をつけて」

平然を装ってるオレに、かすみさんは笑顔で手を振って玄関を後にした。


‥‥二人っきり

ふ、ふっふっ。な、なな何てことないぜ!ただ

”こないだの話しだけどよぉ”

って、切り出しゃいいんだろ?
簡単だぜ。オレがここは男を見せようじゃねぇか!まずは世間話からはいってだな‥‥


「何やってんの?乱馬?」

「ぎゃーっ!」

いきなりあかねに、後ろから声を掛けられたオレは、思わず叫んじまった。

「な、何よ?そんなに叫ばなくてもいいじゃない」

「あかねが驚かすからだろ」

「は?さっきから何度も声掛けてたわよ。なのにずーと突っ立ってたのは乱馬でしょ」

「ずっと?」

「そうよ。へんな乱馬」

「‥‥」

「さっきかすみお姉ちゃんから聞いたんだけど、今日アタシ達だけみたいよ。ご飯もあるみたいだから安心してね」

あかねは素っ気なくオレにそう言って自分の部屋に戻ってった。

あら、あかねさん?二人っきりなんですけど‥‥

けっ!オレだけ緊張してんのかよっ!
バカバカしい。もう知らねえからな!




と言いながら、その後のあかねの行動が気になって目で追ってしまう自分がなさけねぇ。

ご飯食べてる時も、オレなんか目に入らずテレビに夢中。
風呂から上がったあかねのいい匂いがオレの心をくすぐるぜ。
片付け中も脇目も暮れず一生懸命机を拭いていやがる。

「ねえ乱馬、そこのマヨネーズ取ってよ。片付けるから」

「え?」

「ちょっと!聞いてんの?」

やべっ。心がここになかったぜ。

「あ、ああ」

「もう、いいわよ。自分で取るから」

「ワリイ。はい」

あかねの言葉が先か、オレの言葉が先か、同時に手に取ろうとしてオレ達の手が重なってしまった。

「「あっ‥‥」」

こんな時に、二人っきりになって初めて目が合っちまった。
意識しねぇようにしてたのに、意識しちまう。だってよ、今あかねのヤツがすげぇ可愛い顔してオレを見てんだぞ。
この、重なったままの手を、に、に、握ろって事だろ?

「「‥‥」」

は、早くしろって!オレっ!気まずくなるだろーがっ!

「あ、あかね‥‥」

「‥乱馬」

思わず、唾をゴクンと飲み込んだ。震える自分の手で、そっと握りしめようしたその時だった。


「ニーハオ!乱馬何してるか?」

「げぇシャ、シャンプー!」

重なってたオレ達の手は、お互い自分の胸に手を引っ込めた。

「ちょっと、人ん家勝手に入らないでよ!」

「気にしないアルネ」

「ちょっとは気にしろっ!」

くっそー!すっげえいいムードだったのにぃっ!!

「何しに来たんだシャンプー!」

「アイヤー乱馬。新作のメニュー作たアルネ。食べるよろし」

「メシはさっき食った。もういいから帰れよ」

「遠慮しない。乱馬アーンするね」

シャンプーは身体をピタッとくっつけてきて、蓮華ですくった新作のチャーハンを強引にオレの口へ運んだ。

「うっ」

「‥‥」

あ、あかねの視線が痛い。

「あーもういいだろ。シャンプー。また食べるから、今日は帰ってくれ」

「だたら、口移しするね」

「‥‥」

あかねから殺意を感じる‥‥
「だーっ。もういいだろっ」 

逃げるように立ち上がって、離れても追いかけてこようとするシャンプーを追い払う為に一旦、居間から抜け出した。

「乱馬、待つね」

「乱馬のバカ!知らないんだから!」

あーやっぱり怒るよな。
それよりもシャンプーをこの家から追い出す方が先だぜ。どこかで身を隠しておけば諦めて帰るだろうよ。
オレは部屋の中を少し駆け回って、客間の押し入れの中にこっそり隠れた。


「乱馬どこいったね?乱馬!」


少しの間、ひたすら気を抑えて”無”を意識しながら襖の隙間から外の様子を伺うと、まだシャンプーは家ん中に居やがる。

あー。なんでいつも、こうなっちまうんだろ。まだ、怒ってるかなぁ。
でも、あかねもあかねだぜ。あん時の事忘れてやがるし。


この先をちょっとだけ期待してたってぇのに‥‥
オレ達ってずっとこのままなのか?

「はぁ」
オレは大きくため息をつくのと同時に、襖の開く音と、真っ暗だった目の前が急に明るくなった。

「乱馬っ?」

や、やべぇ、隠れてたのがバレた?!

「頼むっ!シャンプー。勘弁してくれっ!」

「‥‥誰と勘違いしてるのよ」

「‥あ、かね。なんで?」


そこにはあかねが、驚いた顔して立ってた。



「な、んで?」

「なんで?って、いつもちゃんと閉まってる部屋が開いてると気になるでしょ?あんたこそ、こそこそせずにちゃんと出てったら?探してたわよ」

薄暗い上に逆光で、あかねの表情がわかんねぇけど、声からして機嫌が悪りぃのが解っちまう。

「まだ居るのか?その、シャンプーは?」

「まだいるわよ。声聞こえない?」

確かに耳を澄ますと、遠くからオレの名前を呼ぶシャンプーの声がかすかに聞こえる。

「‥げぇ」

今日のシャンプーはオレを捕まえるまで帰る気はねぇみてぇだ。そういえば、久しぶりに顔見た気がするぜ。
でもよぉ、よりによってなんで今日なんだ!

「ほっんと知らないから。もうアタシ寝るからねっ」

「お、おいっ」

「そこにいるか?乱馬!」

あかねはオレにそう言い放って、自分の部屋に戻ろうとした途端に、さっきまで遠くに聞こえてたシャンプーの声がすぐそこまで近づいてきやがった。

「マズい!!」

「きゃっ」

オレの腕が勝手にあかねに伸びて、押し入れに引き入れ、そのまま扉をピシャリと締めた。

「ちょっと‥‥」

「しっ!!」

あかねの口元を手で塞いで黙らせた。折角ここまで逃げ切ってんだ。ここで見つかるなんかゴメンだぜ。

シャンプーはオレ達を見つける事が出来ずに部屋の前を通り過ぎた。

「危なかったぜ、なあ、あかね」

「‥‥んっ!」

ほんの少しの隙間から入る光りでうっすら見えた、息苦しそうにもがくあかねに気づき、オレは今の状況に固まっちまった。
オレの右手は、あかねの腰に回って、オレの身体の上にちょこんと乗っかってるあかねを自分の身体に引き寄せてるような格好。

色んな意味で反射神経って怖いぜ‥‥

手を離そうとしても度々聞こえるシャンプーの声と、押し入れの狭さに口元の手だけを離して、小声で話した。

「ワリイ」

「もう!乱馬のバカ!」

「し、仕方ねぇだろ?でも、もう少しここに居ればシャンプーだって諦めて帰るだろうよ」

「なんで、自分の家で隠れなきゃいけないのよ?」

「お前がこんな所まで来るからだろ」

「ちゃんと部屋の扉閉めないからでしょうが。大体アンタがハッキリしないのが一番悪いんでしょ?ホントにチャランポランなんだから」

「はぁ?オレはハッキリしてるだろーがぁ!」

「どこがよ?」

「どこがって‥ん?待て」

オレとした事が、あかねとのケンカに夢中になりすぎたぜ。かなりマズいぞ。シャンプーの気が扉の向こうからヒシヒシと感じるぜ。


「‥‥‥乱馬。見つけたね」

「「‥‥っ!」」


シャンプーが壊れる勢いで、ピシャッと扉を開けた。

「‥‥」

「「‥‥」」

「いないね」

ああああっあっぶねぇ!!
オレ様の直感で隣のスペースへ即座に移動した直後にシャンプーが扉を開けやがったっっ。もし反対の扉を開けてたら‥ぞっとするぜ‥‥
シャンプーは襖の奥まで調べずに、また姿を消した。

「‥‥うっ」

オレは何時ものクセなのか、あかねを守るように力一杯抱きしめて小さく呻いた。
しっかし、心臓に悪すぎだろ。心拍数がハンパねぇ。

「ふぅ」

オレは気を消そうと、そのままの体勢で目を瞑った。
暫くするとあかねの匂いがふわっと漂って、オレの鼻をくすぐった。
その匂いに吊られ、オレの収まりつつあった心臓が、違う意味でバクバクしてきやがった。全ての神経があかねに向かってく。


い、いかん。


あかねのちちが、ダイレクトにオレの胸に押し潰される上に、あかねの吐息がオレの首筋にかかって‥‥な、な、な生殺し状態じゃねぇか。

「‥ねえ乱馬、痛くない?」  

「‥いたく‥ない」
 
「‥ねえ乱馬、狭くない?」
 
「‥せまく‥ない」
 
「‥ねえ乱馬、嫌じゃない?」 

「‥このままが‥いい」

「‥!」



暫くオレ達は無言が続いた。
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