☆長編

□KEEP 6
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「あそこの角を曲がった先だと思います」
「さんきゅ」
「いえ」

空を遮る幾つもの高いビルを見上げながらズボンに入ってる紙切れを取り出して住所を確認し、通りすがりの人に目指している場所を訪ねながら歩き回りやっと目当てのビルに辿り着いた。

「ここか」

オレはそのビルを見上げ、辺りを見渡した。
スーツを着たサラリーマンやOL、それに宅急便のユニフォームを着たにーちゃん達が行き交っているその慣れねぇ空気感に流石のオレも一端冷静さを取り戻す。

ここに来て尻込みしてるわけじゃねぇけど、こん中にいるあかねとどうすりゃ会えるかまで考えずに来たもんだから、いざ着いてみると幾つもの難関がある事を気付かされた。

もし誰かにバレたりしてみろ。厄介この上ねぇ。
襲いかかってくるような奴の方が叩きのめしゃいいだけなのに、爽やかに"何か?"なんて言われてみろ?なんて言えばいいんだ?

「さーて、どうすっかな……。」









「あ・か・ね」
「な・に・よ」

重たい資料を抱えて歩いていると、背後から追い掛けて来たゆかの声で振り返えった。
そこには何か言いたげに企んだ笑顔に嫌な予感をさせつつ、ゆかの口調に合わせて返事をする。
するとアタシの肩に寄りかかり、そのニヤけた顔で覗き込んできた。

「あーら、あかねさん。何か私に秘密事なぁい?」
「別に秘密なんてないわよ」
「そう?」
「そうよ」
「ふーん、ビルの外で何時もあかねを待ってるのは例の"良牙くん"でしょ?付き合うの?はっ!!もしかしたらもう付き合ってるなんて言わないわよね。あかねっ」
「そんなわけないでしょ!!!」
「ホント??怪しいわね。怒んないから本当の事を教えなさいよ」
「ホントだってば」
「うそだぁ。誰にも言わずに此処へ戻ってきたというのに、突如目の前に"彼"が……好きとかそんな気持ちは無かったハズなのに……心がこんなにときめくのは何故???」

ゆかはわざとらしい程声のトーンを変えオーバーに演技をした。

それはもう喜劇に近い。

「ねえ、まさかそれアタシのモノマネなわけ?」
「似てない?」
「ぜんっぜん違うわよ。勝手にへんな妄想するの止めてよね。バカバカしい」
「えーっ。でも気持は正解でしょ?」
「そこも違うわよ。なんでそう思うの?」
「だってさ、あんな熱心に通ってるでしょ?気持ちがぐらつかないわけ?そっちのほうがへんよ。私だったら好きになっちゃうけどなぁ」

あれらから良牙くんはしょっちゅうアタシの会社に通ってくれてる。
何時終わるかわからないアタシの仕事をビルの外で終わるのを待ってるのだ。

勿論、止めてと断った。
それなのに良牙くんは"気にしないで下さい"の一点張りで、結局、そのまま家まで送ってくれる。

食事も今の所お断りしているし、そのまま遊びに行く事もない。

ただそれだけ。

良牙くんは良い人だと思う。
俗に言う、彼氏にするならこんな人、と言っても過言じゃない。

そして何より踏み込んで欲しくない事は何も聞かないでいてくれる。
だから余計にそれ以上強く言えないでいたのに。


『明日の夜、大切なお話があります。そこに来るまで待ってますから』


昨日の帰りに言われた場所は、女子なら一度は彼氏と行きたいと雑誌に載ってた夜景の綺麗と噂のレストラン。

良牙くんの真面目な顔からして、そして、その場所に招待された事も踏まえると、意図してる事が何なのか、流石のアタシにもわかった。

本当はその場で断るべきだった。でもアタシは初めて一歩踏み込んできた良牙くんに戸惑ったまま、答えることなく今日を向かえた。

気持ちとしては、やっぱり良牙くんと付き合うつもりはない。
だから誰にも相談するつもりはなかったというのに、ゆかったら本当に感が良い。


"一度戸惑ったんだったら付き合ってもいいって思ってんじゃない?恋愛で負ったキズは、新しい恋愛で癒すっていうのは恋愛に置いてのセオリーじゃない?"

付け加えて、女は愛すより愛された方が幸せよなんてゆかは言うんじゃないかしら。

わからなくもない意見だと思う。
でもその存在が良牙くんじゃない他の男性だとしても、きっとアタシは乱馬と比べてしまうに違いない。

社内の男性にだって乱馬と比べる時がある。

例えば些細な事だけど、同僚の仕事の調子がいい時に凄いわねと言うと"まあ、そうでもないよ"なんて、頭を掻きながら謙虚に受け止めたりなんてする姿を見ると、乱馬だったら"あったりめぇよ"なんて言うんだろうなとか。
重たい荷物を持ってる姿の上司に、乱馬だったら軽々と持ち上げてるんだろうなぁ、なんて事まで考えた。

乱馬の事なんて考えたくないのに、乱馬の得意げに笑う顔が、自信に満ちた姿が、どうしても脳裏に浮かんでしまう。

その度に胸が締め付けられ、乱馬が好きなんだと思い知らされ嫌になる。

だから仕事という打ち込むものがあって本当にアタシの心は救われた。
だって、忙しく書類に追われている間は、忘れられるもの。

「茶化さないでよ」
「茶化してなんかないわよ」
「それより、アタシこの資料戻して来るから」
「重たそうね。手伝って上げようか?」
「今更?いいわよ。これぐらい。早く仕上げたい案件あるんでしょ?茶化す暇があったら早く戻ったら」
「そうだった悪いわね。じゃあお先に戻りまーす」

調子良く手を振るゆかに苦笑いして、手にしたままの資料を持ち、この階に着いたばかりのエレベーターの扉が開いた。
少し混んだそのエレベーター内に乗り込み、挨拶を交わす。

「お疲れ様です」
「おつかれ。あかねちゃん何階?」
「えっと、12階でお願いします。有難うございます」
「それは構わないけど、荷物大変そうだね。手伝って上げよっか?」
「いえ、これぐらい大丈夫ですから。気持ちだけで嬉しいです」
「遠慮しなくてもいいよ。貸して」

優しく声を掛けてきてくれるのはとても嬉しいことだけど、鞄片手にしてる所からして、外回りから戻って来たばかりの先輩に手伝って貰うなんて申し訳ないのに、いいからとアタシの荷物を取ろうとした。

「ホント大丈夫ですから」
「気にしないで」
「気にしますから」

「だったら、俺が手伝ってやりますよ」

「え?」

その声と同時に12階についたエレベーターの扉が開き、人と人の間から伸びた腕がアタシの服を掴み背中を押した。
その弾みでエレベーターから飛び出ると、静かに扉が閉まった。

「荷物、持ってやるぜ。どの部屋だ?」

背中から腕が伸びて抱えていた資料を軽々と取り上げ、アタシの顔を覗き込んだ。

「……。」

自分の目を疑った。

等々幻まで見えてしまってる。

「おい、聞いてんのか?」

スーツを着ている乱馬が、あたしの持ってた資料を持って立っている………。

「早くしろって。何処だよ」

生意気な顔して、偉そうに胸張った出で立ちで、乱馬がアタシを見てる。

「……久しぶりだな。あかね」
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