☆長編

□龍王 3
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「みんなお疲れ様。ついたよ」


兄貴はサイドブレーキを持ち上げながら後ろを振り向いて、笑顔で到着した事を告げた。

「お兄さんお疲れ様です!」

「やっぱ景色がいい!」

「おい、どこで泳げるんだ?」

返ってくる言葉はそれぞれ違うにしても不機嫌な早乙女は別として、皆かなり楽しみにしているのが伺える。

「さあ、一旦荷物を部屋に運ぼうか」

久しぶりの日本の運転に緊張気味だった兄貴もすぐ慣れて、思っていたより早く到着した。

「サンキュ、兄貴。疲れてねえか?」

「これぐらい問題ないさ。真も自分の荷物を運んで、他の荷物を運ぶのを手伝ってくれ。早乙女くんといったっけ?君は力が有りそうだからこれも頼むよ」

「…何ですか、これ?」

「みんなの食材だよ。この辺にはあんまり食事するところがないからね」

「え?自炊するのか?」

自炊と聞いて少し怪訝そうな顔をする早乙女へ飛びつくように、天道が話しに入ってきた。

「じゃあ、アタシ達の出番ね?」

「あかねは引っ込んでろ!オレ達でやっから!」

「なんでよ!」

「心配しなくていいよ、乱馬くんあかねちゃん。僕が作るから」

「え?お兄さんが?」

「趣味でね、結構得意なんだ」

「安心しろ早乙女、兄貴の手料理マジで旨いから」

兄貴の手料理は本当に旨い。
日本じゃその辺のレストランじゃ食べられねえような物も簡単に作ってしまう。

「まあ、そんなに期待されてしまうと困るけど、食べれないことはないよ、さあ早く荷物を運んで、下準備だ」

「「「はーい」」」

ペンションの鍵を開けて、早々と部屋へ荷物を運びだし、俺は部屋の配置を説明した。

「女子はここの部屋で、男子はあっち。トイレと風呂はあれとあれだ。早乙女、手前が台所だからその荷物を持って行ってくれ」

「へーい」

そして、兄貴が付け加えた。

「片付けたら適当にくつろぐか、外に散歩へ出掛けて見ればいいよ。気持ちいいぞ」

「えーっ行く行く!あかね、早くっ」

「待ってぇゆかぁ!」

「じゃあ俺たちも行きますか」

各々散らばって部屋を覗き込ながら、手に持った荷物を運び出した。

「真、俺は部屋の窓を開けてくるから、それを部屋に置いて来てくれ」

「ああ」

コントラバスと楽譜の束を兄貴から手渡され、いつもの部屋に向かった。

「待って、真くん。楽譜持ってあげる」

「いいよ、天道もみんなと出掛けてこいよ」

「アタシは大丈夫。それにその大きなカバン重たそうだし」

おれの荷物に気付いた天道が、カバンを指さして、楽譜を手に持った。

「ああ、天道らしいな。サンキュ」

「それ、何入ってるの?」

「楽器だよ。コントラバスだ」

「ふーん。そうなんだ。楽器ね」

興味があるのか、マジマジと俺の荷物を眺める天道と部屋の前で立ち止まった。

「……さてと、そこの扉を開けてもらっていいか?」

「わかったわ」

天道が扉を開けた瞬間、暑く篭った空気が出迎えてくれた。

「やっぱり、暑いな。天道、その楽譜をテーブルの上に置いて、窓を開けてくれないか?」

「はーい」

吹き出る額の汗を腕で拭いながら、抱えていたコントラバスを立て掛け、グラントピアノに掛けてあったシートを外して、蓋を開いた。

「すっごい景色!!!」

換気で開けた窓からの外の涼しい風に吹かれながら、天道は外の景色に感動していた。

「綺麗だろ?」

「うんっ!!でも、この部屋もすごい!!!」

外の景色から部屋の中をぐるっと見渡して本棚に近寄った。

「これ……本じゃない」

「楽譜だよ」

「へえっ?!これ全部?!」

「そうだ、全部だ。天道は何でもビックリするんだな」

ま、そういう所も好きだけど。とは、言えないおれは微笑しながら、ピアノの鍵盤に手を添え、音を鳴らした。

「……調律の問題なし。何かリクエストある?」

「えっ?いいの?」

「と、く、べ、つ、な」

「じゃあ、真くんが転校してきた時に弾いてくれたあの曲がいいな」

「了解。じゃあ天道に捧げるよ」

「うん」

天道がリクエストしなけりゃ、元々この曲を弾くつもりだった。

"ラヴェル 鏡〜道化師の朝の歌〜"

俺が好きな曲でもあり、天道に似合う曲だとも思ってる。

瞳を閉じて、俺の奏でる音楽を聴き入る天道との二人の空間に、夏の高原の風が優しく吹き抜ける。

暑さなんか忘れてしまう程の幸せな時間。


最後の小節まで弾き終わると、天道が拍手をしてくれた。

「……お粗末様」

「すっごい良かった!!!ありがとう」

「そう?じゃあそろそろ行くか」

「うん」

パタパタとおれに近寄った天道を、先に部屋から出そうとすると、そこに兄貴と早乙女が立っていた。

「おい、何やってんだ?あかね」

「手伝ってもらっただけだろ」

早乙女は組んでいた腕を解いて、おれを睨みながら天道の腕を掴んだ。

「ちょっと、どうしたの。乱馬?」

「まあまあ、みんな待ってるよ。早く出掛けて来たらいい。真はちょっといいか?」

おれ達の雰囲気をなだめるように、兄貴が口を挟んでおれを部屋に戻した。

「ほら、早く。真も直ぐに後を追わせるから」

「は、はい。行こ、乱馬」

「…。」

なんとなく何かを察知した天道が、腑に落ちない早乙女を引っ張るように、別の部屋に向かった。

「いやー、乱馬くんすごいオーラだね。止めても中に入ろうとして大変だったんだぞ。でも、真とよく似てる」

「けっ、あんなヤツと一緒にされたくねーよ」

「そうか?あかねちゃんも大変だな」

「……。」

「それより、さっきのラヴェル良かったけど、気分で弾くのは相変わらずだな」

「いいんだ、今は趣味程度だしな」

「そこの椅子にある楽譜、目を通しといてくれないか?気分が向いたら、オケの合宿に顔出してくれ」

「お、おい」

「それだけだ。悪いな、足を止めて。さあ、早く行かないと、乱馬くんと差を付けられるぞ」

兄貴はおれにニヤッと笑って部屋を出ていった。

「なっ、くっそ!!!」

あれだけ、もうやらないって言ってるのに何故誘うんだ。

兄貴の言葉も気になるけど今は天道だ。

俺は椅子の上にあった楽譜を睨らんで、結局手に持ち、部屋から出ていった。
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