☆長編
□龍王 3
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朝早くから蝉の音がうるさく鳴り響き、まるで絵の具で塗ったような水色の空が遠くまで続く。
「お待たせしました!」
「ゆかってばもう、遅いって!」
「ごめんなさいっ!!」
集合場所の真の自宅に遅れて来たゆかが、みんなに手招きされ、重たい荷物を下げて吹き出す汗を拭いながら駆け寄り、深々と頭を下げ大きな声で詫びた。
「ちょっと寝坊して。へへっ」
「楽しみにし過ぎで眠れなかったんだろぅ?」
舌を出して笑顔で誤魔化すゆかに、ひろしがデコピンをして、茶化すように笑うとみんなが釣られて笑いだした。
「ホントにごめんなさい。真くん」
「いいよ、気にするなって。旅にはトラブルがあったほうが思い出になるしね?」
「うん」
ゆかは真の優しいフォローにほっとした表情で頷いた。
「さーて、みんな集まったな!」
「おい、真。どーやってこれから別荘とやらに向かうんだ?」
集合場所に着いて一言も口を開いていなかった乱馬が気だるく、仕切る真に口を挟んだ。
「あれ?言ってなかったっけ?」
「あかね言ってなかったの?」
あかねが首を傾げて呟くと、空かさずさゆりが口を挟んできた。
「聞いてねぇし」
ぶすっとしている乱馬に隣のダイスケがボソッと呟いた。
「あかねって意外と抜けてるなぁ」
「意外?何時もだよ」
呆れた演技をしながら、わざとらしく溜め息をつく。
「なんですって!」
「そーだろ」
「早速ケンカですか?お二人さん」
ひろしがニヤニヤしながら茶化していると、一台のワンボックスがみんなの目の前に止まり、そこから真の顔に似た男性が降りてきた。
「ん?」
「始めまして。今回は宜しくお願いします」
オシャレというより少しボサボサの髪形を片手でかきあげながら軽く会釈した。
「よろしく?」
"誰だ?コイツ"
驚きと不信感が募り、眉にシワを寄せていると、その男性はあかねに話し掛けた。
「あかねちゃんは久し振りだね。元気にしてた?」
「はい。お陰さまで」
「じゃあ、みんな乗って」
車を指差すと乱馬以外は、その男性にどーもと挨拶を交わし車に乗り込んでいくのを見ている乱馬だけ理解出来ずにいると、あかねがそんな乱馬の背中を押してきた。
「早く行きなさいよ」
「おい、誰だ?」
「真くんのお兄さんよ。真くん家のペンションにお兄さんも用事があるらしいから、ついでに連れていってもらう事になってたの」
「は?一緒に行くのか?」
「日中は合同合宿があるそうで、夜だけ戻ってくるから寝泊まりのみ一緒だけどね」
「合宿?」
「若手の音楽家を集めてオケしてるみたいでその強化合宿だって」
「オケ?」
あかねは話をしながら乱馬を車に押し込むと、乱馬は二列目シートの窓際に座りその隣にあかねが座った。
それを見届けた助手席に座っている真が、後ろを振り向き大きく一声掛けた。
「よしっ!出発だ」
号令と共に、勢いよく車が走りだしだした。
「私スッゴク楽しみ!」
「私も!」
「だよなぁ!俺行く最中に聞くCDまで持ってきたぜ。ほら、サザン」
「え〜ケツメでしょ」
「リップだって」
出発して間もない車中は、これからの旅行先に心踊らし、声のトーンも知らぬまにみんな高くなっている。
"のんきな奴らだぜ"
乱馬一人を除いて。
隣のあかねも、さゆり達とどれだけ今日の日をどれだけ楽しみにしていたかで盛り上がっていた。
乱馬にとって友達との楽しい旅行は大義名分。実際には真とあかねの距離を離し、あかねと自分の関係を真に突きつける為に行くだけで、旅気分になれずにいた。
"ていうか、オレ行き先知らねぇわ"
旅先に興味さえなかった乱馬は、あかねに取りあえず準備してねと言われた水着(女性用)と着替えだけ持っているだけだ。
「おい、真。お前の別荘とやらはどこにある?どこの海だ?」
「は?」
真はひろしから渡されたサザンのCDを持ったまま固まった。
「ハハッ!乱馬くんだったっけ?聞いていなかったのかい?高原に行くんだよ。近くに有名な湧き水があって泳げるんだ。きっと楽しいよ。水着は持ってきてるみたいだからよかった」
運転席の兄が、笑いが止まらないのかずっとニヤニヤしている。
「まあ、早乙女は女物の水着だけどな」
「てめぇ、今日の行き先、墓場にしてやる!」
「ちょっと止めなさいってば乱馬」
「そうだぞ、真も前を見て案内してくれ」
お兄さんは殺気だつ二人を気付かないフリをしているのか、笑顔で地図を指差し、真に案内役を頼んだ。
「大人しくしなさいよ乱馬。あっ見て見て!乱馬!あの雲すっごく大きくない?」
相変わらず、無邪気なあかねは乱馬に笑顔を見せ、白のノースリーブから色白の腕が乱馬の目の前に意気なり伸びてきて、ドキッとさせる。
「そっそうだな」
そんな二人を真は横目でチラッと見て、すぐ前を向いた。
乱馬は真が転校して以来、気にしすぎるせいか、今まで気付かなかったあかねの何気ない仕草に目が離せなくなる事が増えた。
それと、伴うように増していくあかねへの嫉妬心。
二人とも目立ってしまう真と乱馬の仲は、学園内で広まるのにそんなに時間はかからなかった。
仲が悪い、
と。 そこに、あかねという存在があるのを知っているのは、車中にいる、あかね本人を除くみんなが薄々感ずいていた。
「早く着かねぇかなぁ」
乱馬の気も知らず、呑気にひろしが呟いた。