☆長編
□KEEP 5
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「……ん…あ、アタシ」
「やっと起きたんか?あかねちゃん」
ぼやけた視界に右京の笑い顔が入って、今の現状を理解しようと寝ぼけた頭で記憶を巡った。
「イッタ……。」
頭がズキンと痛み、この痛みがお酒のせいだとわかると、自分がいつの間にか机に伏せ込んでしまったんだと思い出した。
「あかねちゃん、短時間で飲み過ぎたんやないの?はい、お水や」
「……右京。ありがとう」
右京の優しい声が、妙にアタシを落ち着かせてくれ、渡された水で乾いた喉を潤した。
「それにしても、よう寝とったわ」
「どれくらい寝てたの?アタシ」
「そやね、2時間半は寝とったんとちゃう?」
「そんなに?」
辺りを見渡し時計を見ると、既に12時を越え、さっきまで机にあった豪華な食事は全て片付けられていた。
やっと現状がわかり、相当迷惑を掛けているのだと顔を手で覆い項垂れた。
「ホントごめんなさいっ!!」
「遠慮せんでええって。それに、あかねちゃんとゆっくり話ししたかったし」
意味しんに言うと、右京は自分のうなじを擦り、綺麗な黒髪を結んでいた紐を解いた。
「話し?そう言えば乱馬は……。」
「乱ちゃんは一時間ほど前に帰ったわ」
「帰った?」
「せや、帰った」
解いた髪を手櫛で整える右京から、ふわっと甘い香りがした。
その彼女独特の空気感は、アタシの口を黙らし思考回路まで止めてしまう強さを持っている。
乱馬がアタシと右京を二人っきりにさせた事が心に引っかかっているのに、それに対してどの感情が正解なのかさえ分からなくさせる。
「……。」
「そんなに驚かんでもええやん。乱ちゃんかて、いつもあかねちゃんばっかりかまっとらんで」
「そ、そんなんじゃ……。」
「なんや、自覚症状はあるんや」
「そうじゃなくて」
それでも、正しい言葉が見当たらないでいると、ふふっと笑い出した。
「ごめん、あかねちゃん見とったら苛めたくなるんよ」
「もうっ!」
「堪忍。せやけど、あかねちゃんかて悪いんやで」
「……。」
それはわかっている。
右京が言いたいのは、きっと。
「唐突やけど、乱ちゃんとどうなりたいん?あかねちゃん」
「………どうって言われても。ねえ」
強く責めるわけでもなく、でも何処か重い口振りに右京の辛さが滲み出ている気がした。
「それは、うちに乱ちゃん譲ってくれるゆーことか?」
「……。」
「うちは乱ちゃんがめっちゃ好きなんや」
「知ってる」
「あかねちゃんも好きなんやろ?乱ちゃんの事」
「……あ、あんなヤツ別に……。」
もう、好きという言葉に強がるのは条件反射かもしれない。
「ほんっまにそれでええんやな?」
アタシの反射的に出た言葉を遮ってまで念を押す問いに、言い様なく心臓が締め付けられていく。
なのに、逃げる事しか知らないアタシは目を逸らして同じ言葉を吐いた。
「別に……。」
「いい加減にしいや。あかねちゃん。うちもそんなにアホやない。わかっとる」
「だから」
「うちはいっぺんあかねちゃんを騙した。それは悪いと思っとる。でもな、それだけうちは乱ちゃんを愛しとる。あかねちゃんにも負けん。前にも言ったハズや」
「アタシは……。」
「好きやないって言うんなら、うちと乱ちゃんが上手くいくように協力して欲しいってお願いしたら、してくれるんか?出来んやろ?」
「乱馬を……。」
「諦めとんなら、せめて乱ちゃんをその気にさせんといて」
「……。」
「うちからはそれだけや。今日はもう遅いから泊まり。うちは二階の部屋に上がるから好きに使って」
最後まで声を荒げる事なく、話し終えた右京は二階へと戻っていった。
それに、アタシは右京に何も言えなかった。
さっきから、時計の針の音がやたら大きく聞こえる。
何度目かの寝返りをした後、目を開けると暗闇に慣れた目に天井が映る。
こんなに気になるなら、強引にでもあかねを連れて帰ればよかった。
「あーあ、あかねちゃん、寝てしもうた」
「ん?ったく、だから言ったのによ。おい、起きろよ。あかね」
「ええやんか、疲れとるんやろ。休ましたりぃや。泊まればええだけや」
「いや、連れて帰えるぜ」
うっちゃんを疑うわけじゃねぇけど、何かを企んでいるじゃねぇかと思えて、あかねをここに置いて帰るのは、気が引けた。
それは、あかねを守るためだけじゃなく自分の為でもあった。
「心配せんでも、なんもせぇへんって」
「そういうんじゃねぇよ」
「ここで二人夜の街に消えられても、うちがかなわんわ」
「消えるワケねぇだろ。家まで送るだけだ。そろそろ帰るぜ」
話しを遮断するように逸らして、すうっと寝息をさせるあかねの腕を掴む。
「ほら、帰るぞ。あかね」
「んんっ」
抱えようと持ち上げてもあかねは起きる気配がなく、顔をしかめて小さく唸った。
「昔は他人に興味なかったのに、あかねちゃんには興味があるんやね」
「そんなんじゃねぇよ!!!ほら、あかね!!」
「強引やなぁ。そんな状態で家まで送れんやろ?まさかホテルにでも連れ込むつもりやないやろな?」
「なっ!!!!んーなわけねぇだろ!!!」
「せやから、ちゃんとうちが面倒みるやさかい、乱ちゃんだけ帰りぃや。な?」
疑う顔をしたうっちゃんを全力で否定すると、間入れずあかねを置いて帰えるよう言われ、流石に断れなくなったオレは渋々頷いた。
「……わぁったよ。じゃあ後は頼んだぜ」
そして、後ろ髪を惹かれる思いで店を出ようとした時だった。
「乱ちゃん」
「ん?」
「乱ちゃんが誰を好きでも、うちはいつまででも待っとるから……。」
「だけどオレは……。」
「待って。これ以上の話しはまたゆっくりするつもりやし、その機会がきっとくる。その時まで何も聞かへん」
「……。」
オレを引き止めたうっちゃんは憂いじみた顔で微笑んた。
「気ぃつけてな。乱ちゃん」
何も言えない、と言うより言う隙間がなかった。
色々悩んでも仕方ねぇだろ。
やっぱり、ちゃんとしねぇとダメだ。
うっちゃんの事。そして、あかねの事も。
「あかねと付き合いてぇな」
そう呟いていた自分に、苦笑いしながらもそこからすぐ、眠りについていた。