☆長編
□KEEP 4
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約束の時刻である、19時を時計の針が指していた。
思ったより書類の片付けに手間を取られてしまい、もう少し早く来れる予定だったお店の扉を慌てて開けて中へと入った。
「あ、あかね!!ここよ」
「ごめーん!!待った?」
「私も今来た所よ」
先に二人用のテーブルに座っていたゆかの真向いに謝りながら座った。
「書類が中々片付かなくて」
「いいのよ。早乙女選手、近々試合だから準備で忙しいんでしょ?」
「ま、まあね」
乱馬の付き人になる前の部署で一緒に働いていた同期のゆかと、久しぶりの嬉しい再会で、いきなり乱馬の名前を聞くとドキッとしてしまう。
「あ、適当に注文しておいたわよ、あかねの好きなアボガドのシーザーサラダもね」
「ありがとう」
ゆかは、アタシにニコリと笑って、頼んだばかりのビールを口に含んだ。
「どう?元気?」
「うん、なんとか。ゆかは?」
「こっちも相変わらず元気よ」
「部署のみんなは?」
「元気元気!ただ、あかねが居なくなって寂しそう……というより、あかねはファンも多かったからねぇ」
「もう!!ゆかったら、オーバーよ」
「ホントよ!!経理の五寸釘くんなんて、ショック過ぎていつも目の下にクマ作ってるわよ」
「五寸釘くんは前からよ」
「そうかしら?」
「そうよ。もう、適当なんだから」
そんな些細な話でも久しぶりで、とっても新鮮だ。
「古巣の事はいいから。どうなの?付き人の仕事は?」
早速と言わんばかりにゆかは話を切り替え、興味深々な顔して身を乗り出してきた。
「まあ、ねぇ……なんとか頑張ってるわ」
「あら?仕事好きなあかねとは思えない浮かない返事ね」
「そう?」
ゆかとは入社当時から仕事の悩みや愚痴を言い合ってるだけあって、仕事の話を誤魔化すアタシの態度に鋭く突っ込む。
「そう?じゃないわよ。あれだけ仕事をストイックに打ち込んでいたあかねからそんな適当な返答、聞いたことないわ」
次々と運ばれる料理を口にしながら、それをビールで流し込むように飲み、店員に飲み干したビールのお代わりを頼むゆかは、更に続けた。
「大体、いきなり会いたいだなんて、仕事に悩みでもあるからでしょ?私が気付かないとでも思ってる?」
「それは……ただ、ゆかに会いたかったからで」
確かに誘ったのは、アタシの方。
色んな事があり過ぎて、もやもやするこの気持ちをどうすればいいのかわからなくてゆかを誘った。
ただ、それは気分転換のつもりだった。
「もう、正直に吐いちゃいなさいよ!!!」
「だから……。」
「まさか、早乙女乱馬でも好きになったかぁ?」
「っ!!!!!」
ゆかの可愛くおちゃらけた顔で、冗談気味に言い放った言葉にドキッとして、何も言えなくなってしまった。
「………え?まさか当たり?」
「……。」
驚いた顔を見て、アタシは気まずくビールを飲み干した。
「なるほど……。」
「な、何よ?!」
「あかねの事だから、仕事に集中出来ないぐらい悩んでるってわけね。と言う事は、早乙女乱馬から何か言われたんでしょう?」
全てが図星過ぎて、苦笑で返した。
「いい事じゃない。まあ、スターな彼ってちょっと大変そうだけど……駄目なの?」
「……んん」
「何かあるのね。教えてよ」
アタシは少し俯いて悩んだ末、ゆかに今まであった事を語り始めた。
乱馬の事だけじゃなく、乱馬の彼女の右京の事、良牙くんに告白された事、そして乱馬の部屋にも泊まってしまった挙句、ラブホテルまで一緒に過ごした事も全て話しをした。
「……なるほどね」
「……そうなの」
話終えた頃には、アタシ達の食事はある程度終わって、おつまみ片手に何杯目かのカクテルを飲んでいた。
「早乙女乱馬って曖昧な男なのね」
「曖昧?」
「そう、曖昧。あかねの事が好きなんだからハッキリ言えばいいのに」
「す、すすすすき???」
「それ、好きに決まってるじゃない」
「ち、違うわよ。だって乱馬には右京が」
「う〜ん。なんだかそこが引っかかるのよね」
「引っかかる?」
「そう、早乙女乱馬が二股男なのか、はたまた、右京が嘘をついているのか」
「まさか、右京が……。」
ゆかの"乱馬がアタシを好き説"よりも"右京の嘘"というアタシの想像を超えた仮説に信じがたいけど、ゆかの顔は真剣だった。
「右京が嘘を付くほど好きなのかもしれないでしょ」
「そうなのかな……。」
「まあ、そうだとしても、あかねの性格だと、早乙女乱馬から手を引いちゃうか……。右京とは友達だもんね。いっその事、良牙くんに気持を乗り換えたら?いい男っぽいし」
「あのねっ!」
「じょ、冗談よ」
「もうっ!!!」
「でもね、あかね。良牙くんには大切に思われてると思うよ。そんな状況で気持を伝える事なんて、簡単に出来る事じゃないもん」
それは自分が一番わかってる。
乱馬が右京の彼氏なのに抑え切れないこの気持を、伝えるなんて到底できっこない。それを良牙くんは成し遂げているんだもん。
だからこそ、その気持ちの強さもわかるけど、なんて言えば良いのか、わからない。
「どっちにしても、今のあかねだったら早乙女乱馬をあきらめるしかないわよ。だって右京は早乙女乱馬が好きなんだから」
「そんのわかってるもん……。」
「でも、それが出来ないから悩んでるんだ」
「……。」
「あかねの気持ちは痛い程わかるけど、そのまま逃げていいの?それに、あかねにも時間がないのよ」
「うん……。」
「一度、右京と話をしてみたら?」
「……わかった」
「私はあかねが幸せになるんだったら、どれを選択してもそれを応援するわ。でも、あきらめるような選択を選ぶなら応援出来ないからね!!だから頑張って!!」
「ありがとう……ゆか」
「もし上手くいかなくて辛い思いをしたとしても、何もしないで後悔する方がずっと辛いし後悔は消えないわ」
今まで恋愛を逃げてきたアタシには、ずしんと心に重く圧しかかる言葉だった。
「そろそろ良い時間だし、お店出る?」
「うん」
アタシ達はお会計を済ませて、お店を後にした。
結局ゆかは、それ以上何も言わなかった。”自分で答えを探せ”それがゆかの答えだったんだと思う。
それでも、もやもやしていた気持ちが少し晴れて楽になったのは確かだった。
「さてと、帰る?それとも、もう一軒行く?」
「ちょっと待って、午前中に予定が入ってなければ次に行くんだけど……。」
アタシはカバンの中をあさって、手帳を取り出そうとした。
「あ、あれ……ない……あっ!!事務所に忘れて来ちゃったぁ」
ここに来る前に開いた手帳を机の上に置きっぱなしで慌てて向ったんだわ!!
「あかねってば、相変わらずどんくさいわね」
「ごめん!!今日は事務所に寄って帰るわ」
「わかったわ。気を付けるのよ」
「今日はありがとう。じゃあまたね」
アタシは顔の目の前で手を合わせて、呆れたゆかに謝り事務所に向った。
静まり返った事務所に、小さく明かりが灯っている。それが何の明かりか確かめるようにゆっくりと扉を開いた。
「あ…どうしたんだ?うっちゃん」
驚いた顔した乱ちゃんがその明かりの犯人やとわかるとほっとした。
「ちょっとええ?乱ちゃん。話があるんや」