☆長編
□KEEP 2
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「ほらよ」
「ありがと」
泣き続けて一息ついたのか、落ち着きを取り戻したあかねを近くの公園に連れて行き、ベンチに座らせ自動販売機で買ったホットコーヒーを手渡した。
「落ち着いたか?」
「・・・うん」
オレはあかねの隣に腰掛け、自分の缶コーヒーの栓を開けて一口飲む。
「…。」
「…。」
無言で時間が過ぎていく緊張感に耐えきれなり、オレから話しを切り出した。
「き、昨日はオレも悪かったな」
「・・・ううん」
「そ、そのムキになっちまったというか」
「…うん」
「いや、オレがムキになる理由は別にねぇていうか」
「…。」
「…もう、ここには来ねぇかと思ったぜ」
「ふふっ」
「な、何が可笑しいんだよ?」
「一生懸命に謝る姿もだし、そんなネガティブな言葉が出てくるなんて、ちょっと意外かも」
「なんだよそれっ。けっ!ったく人が素直に謝ってんのに」
「ごめんなさい、そんな顔しないで」
ムッとした顔をしたけど、久しぶりに見たあかねの笑顔に、女の慰め方や喜ばせ方なんて全然わかんねぇオレは内心ホッとした。
「べ、別に本気にしてねぇし・・・」
「沢山心配かけちゃった。アタシ」
「頑張り過ぎてるっつうか、あんまり無理するなよ」
「そんな風に見えるんだ・・・。でもね、そんなつもりはないのよ。ただ、一生懸命になると周りが見えなくなっちゃうのよ」
「ははっ、あかねらしいな」
「で、実家が道場やっててね、幼い頃からお父さんに鍛えて貰ってたのもあって、負けん気が強くて擦り傷なんてしょっちゅうでしょ?だからよく近所にあった東風先生の所に通ってたの・・・」
そこから自分の中に閉じ込めていた東風先生の想いを、あかねはゆっくりと語り始めた。
東風先生を想う事の背徳感。
生真面目なあかねには、それを隠すことで精一杯だったんじゃねぇかと思う。
それが逆に、今まであかねを苦しめていた事がオレでもわかった。
「・・・そっか」
「はぁっ!すっっきりっしたぁ!!」
「・・・」
こんな時、どんな顔して何て言えばいいのかわからず黙っていると、目を腫らしながらも清々しい顔のあかねはベンチから立ち上がって、大きく背伸びをした。
「よおおおおしっ!気合い入れ直すわよ!!」
「東風先生、あかねの事を大切に思ってると思うぜ。その、恋とかじゃないかもしれねぇけど」
「もういいよ。全部終わった事だもん」
くるっとオレの方を向いて笑顔で答えた。
「それにしても、もったいねぇよな。東風先生のヤツ」
「え?」
「オレだったら・・・ってなんでもねぇよ!!」
ななななに言いそうになってんだっ!オレわっ!!!
「なに?気になるじゃない。オレだったら?」
「だぁぁっ!何でもねぇよ!」
「何よそれー!!…でも、ありがとう。乱馬」
「へっ?あ、おうっ。まっ、これぐらい何ともねぇよ。困った事があったら何でも相談しろよ」
危うく、いらねぇ事を言いかけたのを誤魔化すように強がったけど、最後の言葉はぶっちゃけ本気だ。
あかねの困ってる顔は、見たくねぇし、他人に興味ねぇオレが珍しくコイツの事は何でも知っておきたいと思える。
「じゃあ、新しい恋の相談でもしようかしら?」
「っっっっ!!!!」
「ちょっと、コーヒー吹いちゃって大丈夫?」
「なななんだよっ!誰だよっ」
「冗談よ、冗談。ばっかみたい。ふふっ」
「ったく・・・」
あかねのヤツ、おちょくりやがって。
でも、今はオレの側で笑ってるだけでいい。
「そろそろ戻るか」
「うん」
「本当にどっちが付き人なんだか」
事務所に戻っていると、いつもの意地悪い顔で乱馬がアタシの肩をポンっと叩いた。
「じゃあ、お詫びにご飯でもおごります」
「ふーん。なんでもいいのか?」
「ええ、なんでも」
「じゃあ、焼き肉!」
「やだーっ!乱馬すっごい食べそうだもん」
「なんでもいいって言ったじゃねーか」
「そこはフツー、女性が誘ったらカフェとかでしょ?」
「はぁ?オレ、かふぇとか苦手だし」
「美味しいのに、せめてイタリア料理じゃない?」
「しゃーないな。腹一杯になるんだったらなんでもいいぜ」
乱馬にとっては、他愛もない、いつものように話しをしているつもりだろうけど、アタシにとっては凄くホッとして嬉しい。
優しいヤツなのか冷たいヤツなのか、不思議なヤツ…。
でも、悪いヤツじゃないってわかった。
「質より量ね。そんな事いってたら、もし女の子とデートした時に、イメージが違うってガッカリするわよ。折角モテるのに」
「…女にもデートなんざ言うもんにも興味ねーし、それよりメシだろ」
「女の子に興味ないの?」
「べっつにぃ」
「まさか、男が……。」
「んーなわけねぇだろっ!ばーか!れっきとした健全な男の子でぃ!」
さゆりから聞いていた"女の子に興味が無い"話が本当の事だとわかって、一番に浮いたアタシの中の疑惑をいち早く察知した乱馬が、呆れた声でそれを否定した。
「じゃあ、アタシとデートしちゃう?」
「あかねと?」
冗談のつもりで誘ったら、案の定、乱馬は疑問符を付けたような返事を返した。
「あら、アタシとじゃ不満?」
最近になって乱馬の言動を、なんとなく予想がつくようになってきた。
きっと彼ならこう付け加えるわ。
"お前とじゃデートになんねぇよ"
って、アタシを横目で見て言うの。
「ホントにいいのか?」
「……。」
「デ、デート、誘っちまうぞ…。」
"あれ?"
横目でアタシを見てるのは、正解した。
でも、セリフは自分が思っていた答えとは余りにもかけ離れていて、乱馬の言っている意味が、一瞬、理解出来なかった。
ま、まさか…?
「な、何よ、乱馬、アタシをおちょくってるんでしょ」
「…。」
「だ、大体、一緒にイタリヤ料理を食べに行くじゃない。これだってちゃんとしたデートのお誘いよ!」
な、何言ってるんだろ?アタシ。
頭が真っ白なんだけど……。
「そ、そ、そうだな。ははっ」
「そ、そうよ」
「「……。」」
どうしよう、もうっ!乱馬が急に変なこというから、妙に意識しちゃったじゃない!
「し、仕方ねぇから付き合ってやるよ、でいつ行くんだ?」
「まっ、待って、スケジュール調べるから…こ、この日はどう?」
「忙しいけど、その日でいいぜ」
「うん、じゃあ仕事終わりに」
「あ、ああ」
乱馬はチラッと手帳の日付をのぞき込んで顔を逸し、アタシは慌てて、手帳に挟んでいたペンでその日に丸をして、乱馬と書き加えた。
「只今戻りました」
「あかねさん!大丈夫ですか?」
事務所に戻ると、良牙くんが心配そうな顔で、駆け寄ってきてくれた。
……。
そうだった、アタシ昨日の夜、良牙くんにウソをついて帰ったんだっ!!!!!
「う、うん、昨日はごめんなさい。良牙くん」
「いえ、それより体調はどうなんです?」
「ええ、もう大丈夫。ありがとう」
本当に安心している良牙くんに、罪悪感を感じちゃって、ワタシの笑顔もきっと嘘っぽいと思う。
「だったら良かった。じゃあ、またお時間があれば…。」
「うん。今度こそお礼とお詫びをさせて…」
良牙くんには、本当に何かお返しがしたいと思って話をしていたのに、それを遮る声が怒鳴るように聞こえた。
「おい、ベラベラ喋らず早くしろっ!遅刻してんだから、その分、今日は残業ってやつだ。いいな!あかねっ!」
ここに着くまでの優しい乱馬はどこいったの?って聞きたくなるほどの変貌っぷりに、腹が立つより、目が点になるんですけど。
「…。」
「返事はっ!」
「は、はいっ」
苛立っているように見えた乱馬から、洗濯物を渡される。
「ほら、早くしねーと今日は家に帰れねぇぞ」
アタシの顔を見て、乱馬が意地悪く微笑んだ。
「もーっ!わかったわよ!」
その洗濯物を抱えて、どすどすと台所にある洗濯機に向かった。
悪いヤツじゃないって言うのは撤回よっっ!!
撤回してやるんだからぁっっ!!!!
アタシは暫くの間、心の中でそう叫んでいた。