☆長編

□KEEP 1
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アタシは今、目の前にあるパソコンに向かい、いつもより大きな音を立ててカタカタとキーを打っている。

「あと少し…よし!!」

最後の決定キーを行けとばかりに腕を振り上げて押すと、画面には保存しましたとメッセージが出てきた。

「出来たわ!えっと今何時??」

ほっとしたのもつかの間、慌てて腕時計を見ると17時を指していた。

「よしっ!ぎりぎり間に合った!」

「あかね、ホントお疲れ様!早く部長にその企画書を提出したほうがいいわよ。さっき内線であかねの様子を伺う電話が課長宛てにあったみたいだから」

「え〜!!急いで行ってくるわ」

同期で入社の時から4年間、アタシと一緒の企画部のゆかが、アタシの肩をポンッと叩いて、部長のいる上の階を指さした。

「じゃ、行ってきます」

アタシは今いるオフィスを飛び出して、上へとつながる階段を急いで駆けあがった。


アタシの仕事場は、マイナーながらも色んな種類を扱ってる、スポーツ用品メーカー。
アタシなんかまだまだ勉強不足なんだけど、若手の意見に、わりと耳を傾けてくれる。上司がアタシ達を信用していてくれてるのがわかるこの職場が大好きで、もっともっと頑張らなきゃって、いつも思って働いてる。

それより、わざわざ部長から連絡があるなんて珍しいわ。珍しいというより…恐ろしい。


部長がいるオフィスの扉まで小走りし、一端立ち止まってドアノブを握る。そして大きく深呼吸をしてノックした後に扉を開いた。

「し、失礼します。大変遅くなりましたが、企画書出来上がりましたのでお持ちしました」

アタシは挨拶と同時に顔が見えないぐらい深々と頭を下げた。

「天道くん頭を上げてくれたまえ。別に急いではないよ」

「で、でも、課長宛てに電話を…」

「ああ、別件で天道くんに用事があったんだ」

「用事?」

「天道くん急で悪いんだけど、週明けから異動でもいいかな」

「い、異動ですか?ど、どこへ」

う、うでしょ?嫌よ。だって企画の仕事大好きだったんだもん。
でも、部長からのいいかな?は確定しているのだ。それが社会のルール、ってわかってるんだけど初めての辞令に身体が固まって血の気が去るのがわかるぐらい、手の先が冷たくなってく。

「天道くん、確か自宅が道場してるって言ってたよね」

「はい」

「じゃあ知ってると思うんだけど、早乙女乱馬っていう格闘家知ってるかね?」

「は、はい。知ってます」

確か、昨日も深夜のスポーツニュースで特集してた人…だったっけ?最近忙しくてテレビをじっくり観てないから名前を知っているぐらいの知識ですけど…なんて事は伏せておこう。

「その早乙女乱馬選手の世話係、頼むよ」












『かんぱーい!!』

「まあ、そう気を落としなさんな。ずっとじゃないんでしょ?」

「うん」

「仕方ないじゃない。社長から直々にあかねにって部長から言われたんでしょ」

「うん」

「なんであかねちゃんなの?」

「あかねが入社試験の面接で、うちは格闘一家です!!って言ってたの社長が覚えていたらしいの」

「じゃあ仕方ないな」

「わかってるけど…」

あの後、ショックを受けたアタシを気遣ってゆかを含む企画部数人で、会社近所の大衆居酒屋で飲み会を開いてくれてる。この辺じゃ、安くておいしいと人気のお店で、アタシの心とは反対に凄く賑わっていた。

「で、うちの会社と、あの早乙女乱馬って、何のつながり?」

「うちの社長と早乙女乱馬の所属事務所の社長、昔からの知り合いらしわよ。うちの会社、新たに格闘系分野にも手を広げる予定で、知り合いでもある格闘家の元で短期研修…だって、ねぇあかね」

「そうよ!!」

ゆかからさっき聞いた話をもう一度聞かされ、やっぱり現実なのだと思い直し、注文したばかりの、たいして飲めないお酒を一気に飲み干した。

「確かに、格闘のベースがあるあかねちゃんが適任だ」

「ま、飲みたくもなるわよね。よし、今日はとことん付き合うわよ!!あかね。すいませーん!!」

ゆかは今にも涙が出そうなアタシを励ますように、肩を抱いて、店員を呼んだ。
また企画部に戻れるって言われたのだけが救い。これは左遷とかじゃないってわかってる。
期待してるよ、ただ研修に行くだけって思えば良いって言われたじゃない。

「でもさぁ、今、人気急上昇の早乙女乱馬の付き人だよ?イケメンでかっこいいし、うらやましい!!変わって上げたい」

ゆかは手を顔の前で組んで、まるで夢見る乙女のような恰好をした。

「じゃぁ変わってよぉ」

「ちょっとは男に興味持てるんじゃない??」

「今は仕事だけでいいもん」

「確かにあかねちゃんって、浮いた話聞かないわ」

「あかねは恋愛ベタだもんね」

別にいいの。恋愛がすべてじゃないもん。

そりゃ、好きな人はいたわよ。でもアタシが好きになった人は…4つ上のお姉ちゃんの旦那様。大好きなおねえちゃんの幸せを壊すワケにはいかないから告白なんてしてないし、最近は会ってもない。ていうより会わないようにしているのが正解。だから、そんな気持ちを忘れるくらい一生懸命に仕事に没頭してきたのに。
ホントいうと今でももやもやしてる。だからといって新しい恋をする気にもならないし、イケメンかなんだか知らないけど、どうせチヤホヤされてチャラチャラしてそうな人のお世話なんて、勘弁して欲しい。

「あー!!もーほっといて!!!」

アタシはむしゃくしゃする気持ちを振り払うかのように、おかわりしたばかりのお酒をまた、一気に飲み干した。

「あかね、大丈夫??付き合うっていったけど、ピッチ早いわよ」

「いーの!!今日わぁ!!すいませぇーん!おかわりぃ」









「おい乱馬あの席、気になるのか?まあ、確かにうるさいが」

「いや、別に…で、なんだったけ?」

「だから、最近のこの業界の事だ!聞いてんのか?」

「そうだったっけ、あ、すいませーん。ビール2つおかわり。良牙もいるだろ」

「ああ」

オレ達は帽子を深く被り直し、店員と目が合わねぇように飲み干したビールジョッキを渡し、軽く会釈するフリをした。

「ただ飲みに来ただけなのに、コソコソとめんどくせぇ。」

「社長が試合前に、トラブルを起こすなっていうんだから仕方ないだろ」

「けっ!」

「大体、乱馬がこないだの試合前に…」

「あぁ!わかったよ。格闘家としてあるまじき行為を、云々だろ?」

「特にお前は、世間じゃアイドル扱いだからな」

小さい頃から格闘しか知らねぇオレをこの業界に入れてくれた今の社長には恩がある。強さには誰よりも自信があるし、現実に勝ち続けてる。だから社長の為にも、これからもそうありたいと思っちゃいるが…
勝てば勝つほど、目立つというか、生活しづれぇ。
良牙とは同じ事務所で、オレほどじゃねぇが強い。オレ達2人いれば、いわゆる最強。だから余計に目立ってるのも間違いねぇ。

「わりぃ良牙。ちょっとトイレ」

席を立って、目立たないようにまた帽子を深く被りながらトイレに向った。

「めんどくせぇ」

最近オレの口癖らしい。事務所の女の子に指摘されて気付くもなかなか直せねぇ。クセってそんなもんか…
トイレの入り口に着き、男性用の扉を開けると、洗面台に塞ぎこむ女の姿が目にはいった。

は?

慌ててトイレの入り口を確認してみても、ここは男性用としか書かれていねぇ。

「めんどくせぇ…」

正直、知らんぷりしようと思った。でも、その女の顔を見て思わず。声をかけちまった。

「あ、あの騒がしい席の女…。だ、大丈夫か??」

「だいじょーぶじゃないれすぅ。し、しんどいよぉ」

「…ったく。しゃーねぇなぁ」

オレは結局ほっとく事も出来ずに、その女の背中をしばらく擦ってやった。
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